第168話 自作の魔法具
日曜日の朝。
凛と約束した日を迎えると、落ち着かない様子で部屋全体を念入りにチェックしていく。
前日には掃除機を片手に塵一つ残さないように部屋の隅々まで掃除、窓ガラスは窓掃除用洗剤で綺麗に洗浄、エアコンもフィルターを外して埃や汚れを取り除いた。
来客用のスリッパも玄関先に配置されているのを確認すると、寝巻姿の柚子が自室から欠伸をしながら目を擦って出てきた。
「時雨、おはよう。日曜の休日なのに朝っぱらから元気だねぇ」
「おはよう、お姉ちゃん。今日は家に学校の先輩が泊まりに来るから、準備を整えていたんだよ」
「学校の先輩って、この前家に来た紅葉ちゃん?」
「紅葉先輩じゃないよ」
時雨が首を横に振って、玄関先をホウキで掃いていく。
柚子は口許がにやけて眠気が一気に吹っ飛ぶと、時雨の背中を軽く叩いて意味深な言葉を呟く。
「おやおや、違う女の子を部屋に連れ込むのか。時雨も隅に置けないねぇ」
「お姉ちゃんの想像している人じゃないよ。中間テストも近いから勉強を教えに来てくれるだけだよ」
「その割には力を入れた歓迎の仕方だねぇ。まるで一国のお姫様でも家に招待するみたい」
「ははっ……」
その通りなんだよなと時雨は柚子の的確な洞察力に参ってしまう。
昔から、変なところで勘は鋭い。
姉妹なのだから、ある程度の意思疎通は図れるのかもしれない。
「まあいいわ。私も今日は出かけないといけないから、戻ったら噂の先輩ちゃんの顔を拝見しますか」
柚子は時計を見ると、背伸びをして欠伸を漏らしながら洗面所で顔を洗いに行く。
この数日間、自分の家に主であった姫を招待した事について思いを馳せながら過ごしてきた。香や加奈を家に上げるのとは違って、トラブルを持ち込むような心配もないが、どうしても緊張感が張り詰めてしまう。
下準備を終えて、時雨はしばらく自室で待機していると、玄関先の扉が開く音がする。
どうやら、柚子が着替えを済ませて外へ出かけて行ったようだ。
今か今かと待ち侘びていると、約束の時間にインターホンの音が鳴り響いた。
(来た!)
時雨は自室を飛び出して駆け付けると、玄関扉の先には優奈が立っていた。
「こんにちは」
「ああ……優奈ちゃんか」
別に優奈の来訪に不満がある訳ではないのだが、凛を迎え入れるつもりで対応をしていただけに、自然と声のトーンを落としてしまう。
そんな時雨に優奈は特に気にする様子もなく、かたい挨拶を交わす。
「先日は時雨さんや香さんにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「その事なら、もう気にしていないし大丈夫だよ。加奈……お姉ちゃんとはあれから仲良くやってる?」
「はい。あれ以来、一緒に過ごす時間も増えて姉妹の仲はさらに深まりました。最近では加奈お姉ちゃんとは就寝前にお互いエルフとダークエルフの姿でお休みのキスをするのが日課になって……お姉ちゃんをより知る事ができました」
優奈が顔を赤くしながら近況報告をすると、例の手鏡は基本的に二人の目が届く範囲で保管しているようで、その扱い方に不安が残る部分はあるが、時雨の心配するような事はなさそうだ。
「それで、今日伺ったのはこちらを時雨さんにお渡ししたいと思いまして……」
優奈が菓子包みのような物を時雨に差し出す。
本当に律儀な子だなと時雨はやんわりした言葉で突き返す。
「優奈ちゃんの気持ちだけで、私は十分だよ」
「ご迷惑と食事をご馳走になったお礼も兼ねて、ご厚意に甘えたままでは罰が当たります。どうか何も言わず受け取って下さい」
「優奈ちゃんがそこまで言うなら……」
優奈の強い意志に根負けして、時雨は受け取ってしまう。
このまま優奈を帰してしまうのも気が引けるので、時雨はとりあえず優奈を家に上げようとする。
「折角だから、家に上がっていきなよ」
「よろしいのですか?」
「遠慮しないでいいよ」
「それではお言葉に甘えて失礼します。お渡した魔法具について口頭でお伝えして退散する予定でしたが、中で詳しく説明させていただきます」
優奈は一礼して家に上がると、時雨の自室へ案内する。
菓子折りだと思っていたが、どうやら優奈が自作した魔法具をプレゼントしてくれたようだ。
早速、包装紙を取り外して中身を確認すると、そこにあったのは小さな湯呑みだった。