第167話 約束
小腹も膨れて、凛と楽しい時間はあっという間に過ぎようとしていた。
「今日は楽しかったわ。気を付けて帰るのよ」
「先輩も道中、お気を付けて」
凛と駅前で別れると、軽く手を振って見送る。
(凛先輩……)
心なしか、時雨の目には凛の背中が寂しく映っているように見えた。
この世界の凛の両親は海外で仕事をこなしているので、学校から帰宅しても一人だ。
衣食住は賄えても家族と過ごす時間は極端に少ない。
直感だが、ここで凛と別れたら、後悔するかもしれない。
そんな脳裏が頭を過ぎると、時雨は思わず凛を追いかけて彼女を全速力で引き止める。
「凛先輩! 待って下さい」
「あら、どうしたの?」
凛はびっくりして背後を振り返ると、足を止めて時雨に駆け寄る。
息を切らしながら、時雨は声に出して凛を誘い込む。
「よかったら……今度の休日、私の家に泊まって行きませんか? 凛先輩の住んでいる立派なタワーマンションではありませんが、中間テストで色々と教えてもらいたいところもあるので、迷惑でなければ……」
必死に凛を説得すると、時雨の直向きな気持ちに薄っすら笑みを浮かべて、凛は快く承諾する。
「それじゃあ、折角だからお言葉に甘えようかしら。時雨の家に泊まれるなんてドキドキしちゃうわ」
「あっ、別に変な意味はありませんよ!? 私は純粋に凛先輩と一緒に……」
「ふふっ、分かっているわ。そう言うところは相変わらずだけど、それが時雨の長所で私は好きよ」
香や加奈を泊める感覚で勧めたが、凛は前世で仕えた主である。
本人は気にしていないだろうが、一国の姫を一介の騎士であった時雨が自宅に招くのは通常ではありえないし、下心があるのではと思われても仕方がない。
凛は指を使って大きさを指し示すと、時雨に分かり易く訊ねる。
「このぐらいは期待を込めて、変な意味を含んでもいいのよ?」
「騎士に誓って、道に外れた事は致しません」
「じゃあ、私がその気にさせちゃおうかなぁ」
「それは……勘弁して下さい」
悪戯枠は加奈だけで間に合っているので、これ以上時雨の胃が痛くなるような負担は避けたいと思う時雨であった。