第166話 買い食い
「ちょっと小腹が空いたから、コンビニへ寄って行かない?」
「ええ、いいですよ」
二人は並んで歩いていると、凛の提案で近くのコンビニへ立ち寄る。
学校から程近い場所なので、時雨達の通う女子生徒達が何人かグループになって楽しそうな会話が聞こえてくる。香や加奈と帰り際にコンビニで買い食いするのは日常的な風景であったが、女子生徒達の憧れの的である凛と並んで入ると女子生徒達が凛に反応して、人垣ができてしまう。
(相変わらずの人気だなぁ)
凛の剣道部の退部は学校側や女子生徒達に大きな衝撃を与えた。
学校側はエースである凛の退部に対して粘り強い説得を試みたらしいが、本人の強い希望もあって受理された。凛の剣捌きは騎士であった時雨の目から見ても見事な腕前だったので、惜しむ声は後が絶えなかった。
凛は女子生徒達に笑顔を振りまいて対応していると、その隙に時雨はレジにある肉まんを買ってしまう事にする。
タイミングを見計らって、凛も時雨と外へ出ると駅前のロータリーまで走り込む。
「参ったわね。まさかコンビニで買い物するだけであんな苦労するとは思わなかったわ」
「まあ、仕方ありませんよ。私も走ったおかげで少し小腹が空いてきちゃいました」
時雨のお腹が鳴ると、凛は可笑しそうに笑って財布からお金を取り出した。
「良い匂いがするわ。立て替えてくれたお金は払うわね」
「あっ、すみません。今はあまり持ち合わせがないので……」
てっきり小銭を渡してくれるものかと思ったが、一万円札を提示されて時雨は困惑する。
だが、凛はお構いなしに一万円札を時雨の懐に忍ばせる。
「いいのよ。WEB小説について詳しく教えてくれたし、可愛い後輩の写真も収める事ができたからね。これぐらいしないと罰が当たるわよ。それに一度、時雨とコンビニで買い食いもやってみたいと思っていたから、時雨は何も気にする必要はないわ」
「駄目ですよ! こんな大金は受け取れません」
時雨は声を荒げて、一万円札を突き返す。
肉まんを買っただけで、一万円を貰い受けるのは気が引けるからだ。
「私はそんなつもりで凛先輩と付き合っている訳ではありません。凛先輩はお金をもう少し大切に使って下さい」
きっぱりと物申す時雨に、凛は俯いたまま一万円札を財布に戻す。
時雨も今まで凛の好意に甘えてしまった部分があったので、反省すべき点はある。
「ごめんなさい。時雨が喜んでくれるものだと思って……」
「私は凛先輩が傍にいてくれるだけでいいんです。どうか変な気遣いはしないで下さい」
時雨は凛の手を強く握ると、時雨の思いが伝わって凛は小さく頷いて見せる。
二人は割り勘で話が決着すると、時雨は凛の分の肉まんを手渡す。
「さあ、冷めない内に食べちゃいましょう」
「……うん」
時雨がひとかじりすると、凛も後に続いて温かい湯気が立ち上る。
「時雨の肉まんを一口貰うわ」
「あっ、ずるいですよ。それなら私も凛先輩の肉まんを一口貰いますからね」
学校帰りの何の変哲もない買い食いだが、二人にとって特別なものになったのは間違いない。