第165話 成長
学校から程近い小さな公園に場所を移すと、時雨と凛はそれぞれブランコに腰掛ける。
「時雨が勧めてくれた漫画だけど、なかなか斬新な物語で面白かったわ。昨日は続きが気になるから、続巻を探しに本屋を転々としたけど、まだ発売してなかったのよ」
「ああ、あれは原作がWEB小説でコミカライズ版は最近になって出てきたんですよ。続きが気になるのでしたらスマホやパソコンを介して原作ストックのあるWEB小説を読むのをお勧めしますよ」
「あら、そうだったのね。WEB小説って名前は知っていたけど、どんな感じかしら?」
凛が時雨の勧めた漫画を意外にも楽しんで読んでくれたのは素直に嬉しかった。
優等生である凛は知識の見聞を広げるために偉人の伝記や文学小説を好んで読んだり、恋愛を主体とした少女漫画も好物だと伺っていた。
時雨はスマホでWEB小説サイトの画面を立ち上げると、時雨が勧めた『悪役令嬢はメイドに恋をしたい!』を例に挙げて、基本的な仕組みについて説明をしてみせた。
凛は時雨のブランコに乗り変えて傍に寄ると、ブランコが小さく揺れる。
彼女の直向きな眼差しと甘い桃の香りに時雨は思わず意識してしまうと、男だった部分が目覚めて唾を飲んでしまう。
「説明は大体こんな感じです。他にもWEB小説は沢山投稿されていますから、気に入った作品を発掘するのも楽しみの一つです」
「ふふっ、とても分かり易い説明だったわ。今度はそうね……時雨がどうして緊張しているのか知りたくなったかも?」
凛が両手で時雨の腕を掴むと、意地悪そうな笑みを浮かべて疑問を投げ掛ける。
「それは……凛先輩が魅力的な女性だからですよ」
「あら、嬉しい事を言ってくれるわ。昔の時雨だったら、言葉を詰まらせて顔を真っ赤にしてしまうのが関の山だったのに、先輩として後輩の成長を喜ばずにはいられないわ」
凛の微笑む姿に時雨は恐縮すると、おそらく心の内を完全に見透かされているだろう。
咄嗟に出た言葉だったが、その言葉に嘘偽りはない。たしかに昔の自分だったら言わないような台詞を吐いたが、これもひとえに鏑木時雨が培ってきた経験によるものかもしれない。
「そんな時雨の成長に私も応えてみようかしら」
凛は思い立って時雨を抱えるようにすると、お姫様抱っこする形を取って、ブランコから立ち上がった。
「な……何をなさるんですか!?」
「見ての通り、お姫様抱っこよ。元お姫様にお姫様抱っこされる元騎士様はどんな気分かしら?」
「恥ずかしいですよ!? それにスカートが風で……」
「これは失敬。でも、慌てふためく時雨も可愛らしくていいわ。折角だから、記念に写真を一枚」
スカートを押えながら、恥ずかしそうにじたばたする時雨にお構いなく、凛はその姿をスマホの写真に収める。
前世の世界なら、一国の姫にこのような事をさせて不敬罪に囚われても文句は言えないし、今の世界なら憧れの先輩にお姫様抱っこされる後輩に嫉妬する女子生徒達が目に浮かぶ。
「このまま家まで送り届けてあげようかしら?」
「恥ずかしいので止めて下さい!?」
「ふふっ、冗談よ」
凛はゆっくり時雨を下ろすと、自身の成長具合に不安を覚える時雨であった。