第164話 意地悪そうな声の主
高校に入学してから、職員室を訪れる度に足取りが重くなる。
中間テストも控えているし、今後の内申点にも地味に響いて来るのではないかと心配の種が尽きない。せめてもの救いが、階級社会の色合いが強かった前世の士官学校時代と違って貴族が優遇される事もなく、平等に評価してくれる。
当時は女騎士で上官を務めた紅葉の眼鏡に適ったおかげで、騎士になる道筋も途絶える事はなかったが、今では同じ高校に通う先輩後輩の間柄だ。
騎士として尊敬し初恋だった紅葉や聡明で時雨の良き理解者である凛に恥じないためにも今後は気を引き締めないといけない。
職員室の前に到着すると、時雨は扉を軽くノックして入室する。
「失礼します」
職員室には机のパソコンに向かい合って生徒達に配布する問題集のプリントを作成していたり、会議の打ち合わせをしている先生方が見受けられた。
明日から中間テストが終わる期間まで生徒による職員室の立ち入りは全面禁止になる。
このご時世、スマホやデジタル機器等を駆使すればテスト問題の内容や解答が流出してしまうリスクが高いので先生方の防犯意識は高く、この時期に職員室へ入室する時雨を先生方は警戒した目で見つめる。
「鏑木さん、こちらへどうぞ」
時雨を手招きして呼び出したのは今日から副担任に就任した片岡だ。
どうやら、数学の笠原は職員室にいない様子で片岡は職員室の隣にある生徒指導室へ時雨を案内する。生徒指導室には笠原が腕を組んで待ち構えていると、口頭で注意を受けて片岡も初犯なので大目に見て欲しいと頭を下げて親身に対応してくれた。その甲斐あって、笠原も片岡に押されて納得すると、スマホを時雨に返却して後日反省文を提出するように言われて解放された。
初対面の挨拶した時は香に色目を使ういけ好かない教師と決め付けていたが、その考えは改めないといけないと反省する。
「ご足労おかけして、すみませんでした」
時雨は廊下で片岡に頭を下げて礼を言うと、片岡は笑顔で答えてくれた。
「実は僕も高校の頃に携帯電話を取り上げられた事があるんだ。鏑木さんぐらいの果敢な年頃は勉強も大事だけど、友人関係や恋愛も忙しいからね」
「へぇ、そうなんですか」
「おっと、これは誰にも言っちゃ駄目だよ? まあ、鏑木さんもほどほどにね。中間テストも近いから頑張るんだよ」
それは意外だなと妙な親近感が湧くと、片岡は労いの言葉を送って時雨の肩を軽く叩くと職員室へ戻って行った。
教室から鞄を取りに戻ると、加奈は席が右隣の麻衣と約束があり、香も今日は用事があるようなので職員室へ行く前に別れの挨拶を済ませていた。
(今日は久々に一人で帰るか)
寄り道でもして帰路に就こうかと考えながら校門を潜ろうとすると、時雨の背後から人の気配を察知する。
「だーれだ?」
意地悪そうな声の主によって視界を両手で塞がられると、時雨は可笑しそうに笑って答える。
「凛先輩、今日のサッカー見事でしたよ」
「あら、時雨も観戦していたのね。授業中だったのに、また窓辺からよそ見をしていたのかしら」
真っ暗の視界が解放されると、時雨に釣られて満面な笑顔がこぼれている凛の姿があった。