第159話 加奈の気になっている事
満腹になった三人はしばらくくつろいでいると、優奈は時間を確認して席を立つ。
「私はそろそろ塾へ行きます。どうもご馳走様でした」
「今から行くのかい?」
「ええ、一応ここへ来る前に体調不良を理由に塾には連絡を入れましたから。時雨さんの家に戻って勉強道具一式を回収して炭酸飲料を飲んで着替えを済ませます」
ダークエルフの加奈に出会っていなければ、今頃は塾で勉強している事になっていた。
慌ただしい出来事が連続して起きて、せっかく休める口実もあるのだから、今日ぐらい塾を休んでも罰は当たらないだろうに。
「今年は高校受験ですから、一秒も時間を無駄にはできません。後日、時雨さんや香さんにはお詫びのしるしに自宅へ伺います」
「お詫びだなんて、別に気にしなくていいよ」
時雨はその気持ちだけで十分だよと伝える。
「時雨もこう言ってるし、優奈は何も気に病む事はないよ。勉強も大事だけと、無理はしちゃ駄目だからね」
「うん、加奈お姉ちゃんありがとう」
加奈は優奈の頭を軽く撫でると、頬にキスをして別れた。
エルフ族にとってキスは簡単な挨拶代わりをするような感覚なので、特にこの世界でキスする習慣があまりない日本では目を引いてしまう。
時雨達の席を横切った女性従業員は一瞬立ち止まって見入ってしまったが、外国人の美女二人によるキスだと思い込んでいるだろう。
加奈はガムシロップとミルクをかき混ぜたアイスコーヒーを口にすると、指を二つ立てて時雨と香に話題を振る。
「実はさ、二つ気になっている事があるんだよね」
「何だい?」
「一つは例の喫茶店についてだけど、スマホで軽く調べてみたんだ。そうしたら……こんな記事が見つかった」
加奈が懐からスマホを取り出すと、テーブルの上に置いて二十年前の新聞記事が映し出されていた。
その内容を確認すると、目を疑いたくなるような事実が書かれていた。
平成十二年五月二日の午前十時頃、近所の住民から珈琲マルカワで火災が起きている。黒煙が上がっていると110番通報がされた。焼け跡から喫茶店を経営する唐沢ふさこさんの遺体が見つかり、火事の原因は調理場のガスが漏れているのに気付かず、調理中に引火したと判断された。
「これ……本当なの?」
「さらにこんな記事も見つけたよ」
加奈は別の新聞記事を映し出して、こちらも衝撃を隠せなかった。
火事の当日、娘夫婦は唐沢ふさこ氏を車で迎えに来る予定であったが、居眠り運転のトラックによる追突事故に巻き込まれて死亡が確認された。
思い返せば、デザート好きの香が近所の美味しいアップルパイがある喫茶店を見落としていたのは腑に落ちなかった。
二十年前に火事で焼け跡になったのだから、香のアンテナに引っ掛かる訳がない。
「あのお婆さんは娘夫婦から電話があったと言っていたけど、もしかしたら天国から心配して電話を掛けてきたのかもしれないね」
真意は定かではないが、あの老婆は娘夫婦に会える事を楽しみにしていたのは間違いない。
後日、喫茶店があった場所を訪れると更地になった空き地だけしかなかった。
時雨達は目を伏せて黙祷を捧げると、加奈はもう一つ気になっていた事を語り出した。
「二つ目だけど、柚子さんについて気になった事があるんだ」




