第157話 一件落着?
「別に隠していた訳ではありませんが、この世界にエルフは存在しませんし、口で説明してもまとめに取り合ってもらえないのが関の山ですからね」
優奈の言いたい事は分かる。
前世を公言したところで、この年頃の者なら中二病を拗らせたと勘違いされるだろう。
時雨も同様の理由で前世が騎士だった事は伏せているが、騎士道は胸の内に秘めている。
エルフは気難しい種族と伝わっていたので、優奈の生真面目な性格はエルフだった頃の名残かもしれない。
「あの……お姉ちゃん。一つ確かめたい事があるんだけど、いいかな?」
「私にできる事なら、何でも言ってごらん」
優奈が改まって加奈にお願いすると、加奈は快く承諾する。
「私は加奈お姉ちゃんと十数年近く一つ屋根の下で暮らしてきた。一緒にご飯も食べたり、同じ布団で一緒に寝たりもした。辛かったり楽しかったりした思い出も数え切れない程あったけど、それらは加奈お姉ちゃんにとって本物だったのか確かめたい」
ダークエルフは密偵や調略に長けた能力を発揮させて、標的に取り入るために心を寄せて油断させたりする。優奈自身、ダークエルフの習性と大好きな姉と過ごした日々を思い返してジレンマに陥っている。
優奈は加奈に顔を近付けると、淡い瞳を覗かせる。
「じゃあ……やるよ」
エルフは魔法に精通している種族なので何か儀式的な事を始めるのだと察して、邪魔にならないように時雨と香は静かに見守る。
だが、次の瞬間――。
優奈は加奈の唇と重ね合うと、舌を入れ始めて濃厚なキスを始めた。
お互い夢中になって身体を寄せ合うと、時雨は教育上よろしくないと判断して香の目を両手で塞いだ。
「ちょっと二人共!?」
何を見せられているんだと抗議するが、時間の経過と共に二人の息遣いは荒くなる一方で耳に届いていない。
傍から見れば、成熟した美女二人がディープキスをしているだけにしか見えない。
「加奈お姉ちゃんの……太陽のようにポカポカした暖かい気持ちが私を満たしていく」
「私も……優奈の不安で孤独だった記憶が激流のように流れて来る。大切な家族をダークエルフに殺されて、優奈の怒りが伝わった」
二人がキスを止めると、お互い抱きしめ合う。
どうやら、エルフ族にはキスを通して感情や記憶を断片的に拾い上げる事ができるようだ。
「優奈がダークエルフの私に殺意があったのは当然だね。私には謝る事しかできないけど、優奈が望むなら……優奈の心が少しでも和らぐのなら、私は死を選ぶよ」
「そんなの嫌だよ!? たしかに家族はダークエルフに殺されて憎い存在だけど、お姉ちゃんは私の家族の一員だよ。前世がダークエルフでも私にとって大切なお姉ちゃん。ずっと私の傍にいて!?」
「優奈、ごめんね……こんなお姉ちゃんを愛してくれてありがとう」
二人は涙を浮かべながら、再びキスを交わし始める。
ここで水を差すのは野暮だなと時雨は空気を読んで、目隠しさせたまま香を連れて二人の視界から消えようとする。
「時雨達、お昼は外で何か食べに……行かない?」
自室の扉が開くと、柚子が時雨達を外食の誘いにやって来た。
すると、エルフとダークエルフのキスシーンを目の当たりにして、柚子は口頭で注意を促す。
「時雨、あんた本気でデリヘル嬢を呼んで、加奈ちゃんに何てことをさせているのよ!?」
「いや、呼んでないし違うからね!?」
「本当に? 香ちゃん、どうなの?」
「僕は途中から時雨ちゃんに目隠しされて、なーんにも知らないよ」
香が時雨の両手を振り払うと、頬を膨らませて答える。
どうやらキスシーンを時雨に妨害されて、香は少々ご機嫌斜めのようだ。
「だから、違うのぉぉ!」
時雨はさらに柚子から問い詰められると、悲痛な叫びと共に事情を一から説明した。