第155話 優奈の胸中
時雨は足を引きずりながら、優奈に駆け寄って心配そうにしゃがみ込む。
「優奈ちゃん。私の家はこの近所だから、そこで少し休もう」
「加奈お姉ちゃんがどうして……」
時雨の声が届いておらず、優奈は放心状態である。
加奈はダークエルフから元に戻ったので、洋服がブカブカで靴のサイズも大きく、足元がおぼつかない様子で、どうにか立ち上がった。
「優奈は私が背中でおんぶするよ」
「その格好では無理だよ。僕が優奈ちゃんをおんぶして運ぶから、加奈は怪我とか大丈夫?」
「怪我はどこもないよ。そうか……たしかにこのままだと無理か」
香が怪我の具合を訊ねると、どうやら怪我の心配はなさそうだ。
加奈は水たまりに映る自身の姿を複雑な心境で見つめる。
香は優奈を背中でおんぶすると、優奈の所持していた鞄や傘を時雨と加奈で手分けして回収する。
「行こう」
加奈が元の姿に戻って問題が解決したかと思ったが、新たな謎を抱えながら時雨の自宅へ戻って行った。
濡れた身体をタオルで拭くと、時雨の自室に集まっていた。
「時雨ちゃん、足は大丈夫?」
「ああ、平気だよ」
応急処置を施した時雨の足は腫れ上がっているが、幸いにも骨に異常はないので数週間すれば完治するだろう。
香も噛まれた腕は大した怪我ではなかったので、うずくまっている優奈に視線が集中すると加奈は空元気を出して場を和ませる。
「いやぁ、元に戻れてよかったよ。これも持つべき親友達のおかげだよ」
「……うん」
力ない返事で時雨が言うと、香も頷いてみせる。
素直に喜びたいが、優奈の存在がそれを許してはくれない。
「私、警察に出頭します」
優奈はうずくまっていた顔を上げると、思い詰めた声で口を開く。
「警察って、私達に怪我させた事を気にしているなら別にいいんだよ」
時雨が優しい言葉を投げ掛けると、優奈は首を縦に振って言葉を続ける。
「殺人未遂の現行犯で逮捕されても文句は言えません」
「優奈ちゃんは少し気が動転していただけだよ。だから、落ち着いて話し合おう……」
「私はお姉ちゃんや時雨さん達に殺意があったのは間違いありません。罪に服する事ができないのなら、死んでお詫びします!」
優奈を刺激させないように言葉を選びながら宥めようとするが、効果はなかった。
それどころか、優奈は近くにあった救急箱からハサミを取り出して喉元へ滑らせようとする。
「優奈ちゃん、ストップ!?」
本日二度目の台詞と共に、時雨は慌てた様子で取っ組み合いになる。
香も加勢してハサミは取り上げる事に成功するが、今度は舌を噛み切る試みに移ろうとする。
バチン!
加奈が優奈の頬を平手で叩くと、血相を変えて怒りを露にする。
「いい加減にしな! あんたが死んだところで誰も喜ばないし、全てが解決すると思っているなら大間違いよ」
普段は滅多に怒らない加奈が諭すように言うと、優奈は涙を浮かべて俯くと加奈の言葉が届いたようだ。
「ほら、お姉ちゃんに何でも話してみな」
「ごめんなさい……私、加奈お姉ちゃんがダークエルフなんて知らないで、それであんな事を……」
「いいんだよ。優奈は何も悪くないし、誰も責めたりしないよ」
加奈は優奈を抱き抱えると、次第に落ち着きを取り戻していく。
あれだけ時雨が苦労したのに、やはり血の繋がった姉妹の言葉には敵わないなと思う。
優奈は涙を拭き取って時雨達を見渡すと、彼女の中にあった心を閉ざしていた壁はなくなっていた。