第154話 凶刃
何の前触れもなく正体を見破られると、加奈は優奈から視線を外してたじろいでしまう。
「ワ……私ハ留学生アルネ。ダークエルフ知ラナイ」
苦し紛れに外国人の設定を装っているが、胡散臭さが滲み出ている。
「じゃあ、そのニット帽を取ったらどうなるかしら?」
優奈は軽くジャンプして加奈のニット帽を剥ぎ取ると、ダークエルフ特有の長耳が露になる。
加奈は咄嗟に両手で長耳を隠そうとするが、優奈は核心を突いて畳み掛ける。
「私の目の前に瞬時で現れた身体能力とその長耳が何よりの証拠。まさか、この世界にダークエルフが紛れ込んでいるなんて予想もしていなかったけど、何を企んでいる?」
鋭い目つきで露骨な敵対心を向けられると、今にも刺し違えそうな勢いだ。
声を震わせて、加奈は呟く。
「優奈……あんた何者なの?」
「私の名前も調査済みか!? 質問しているのは私の方だ。答えないなら、私がこの場で成敗してやる」
背負っていた鞄から彫刻刀を握り締めると、これはまずいと判断した時雨は優奈の背後に回って押え付ける。
「優奈ちゃん、ストップ!?」
「放して下さい! 凶悪なダークエルフが私達人間の命を狙っているのですよ」
拘束から逃れようと暴れ回る優奈は興奮して聞く耳を持たない。
正体を見破られただけでも衝撃的な展開なのに、ダークエルフに対して心の奥底から湧き出る憎しみは半端なものではない。
香は隙を突いて優奈から彫刻刀を取り上げると、彼女を安心させるために抱擁を交わす。
「落ち着いて。彼女は優奈ちゃんや他の誰も傷付けたりしないよ」
「今はふざけている場合ではない! 私の邪魔をするなら、お前達も成敗してやる」
優奈の敵意は時雨と香にも向けられて、小さな口で香の腕を噛んで抱擁を解くと、時雨の足を踏ん付ける。
「きゃあ、痛い」
香は小さな悲鳴を上げると、声こそ上げなかったが時雨も踏ん付けられた足を痛がり、押え付けていた身体を引き離してしまう。
優奈は地面に落ちた彫刻刀を拾い上げると、再び加奈に向かって勢いよく突進する。
「覚悟!」
優奈の凶行を止めようとする時雨だが、足に痛みが広がって思うように動けない。
(駄目だ、間に合わない!)
呆然と立ち尽くす加奈に時雨は足を引きずりながら、ありったけの声で叫ぶ。
「加奈、逃げろ!」
親友の名前を告げると、最早ダークエルフの正体を隠す事など頭になかった。
優奈の凶刃が届きそうになると、加奈は微笑んで受け入れる覚悟だ。
大きな雷鳴が轟くと同時に、不吉な予感が時雨の脳裏を先走った。
「加奈ぁぁぁ!」
時雨は割れんばかりの声で叫ぶと、信じられない光景があった。
加奈はダークエルフではなく元の姿に戻って、尻餅をついていた。
優奈の凶刃は空を切る形で、何が起こったのか理解する事ができずにいる。
「何でそこにお姉ちゃんがいるの?」
声を震わせて握っていた彫刻刀を力なく地面に落とすと、優奈は正気を取り戻して問い掛ける。
「ここにいたダークエルフは私だよ」
加奈は静かに嘘偽りのない答えを導き出す。
しばらくお互い無言になると、優奈は憑き物が落ちたように泣き崩れて姉の名前を連呼する。
「何で加奈お姉ちゃんがダークエルフなのよ! 私の加奈お姉ちゃんが……」