第153話 お年頃?
「おわっ!? 優奈ちゃん。どうしてここに?」
時雨は思わず驚きの声を上げる。
「この近くに通っている塾があるんですよ。時雨さんこそ、どうしてこちらに?」
「私の家はこの近所で、少し散歩をしていたんだよ」
「この雨の中、散歩ですか」
優奈は淡々とした口調で、時雨を不審な顔で見つめる。
一つ年下の優奈は加奈と真逆の性格で、以前加奈の家に訪ねた時に雑談を交えた事があった。年頃の女の子で、加奈の妹だから色恋沙汰は好物と安易に考えて話を振ったのだが、「そんな浮ついた話に興味ありません」と、けんもほろろな答えが返ってきた。
(正直、この子はちょっと苦手だなぁ……)
悪い子ではないのだが、他者を寄せ付けない取っ付き難いところがある。
それに対して加奈は誰とでも打ち解けられる性格の持ち主で、トラブルメーカーだ。
「優奈ちゃん、久しぶりだねぇ。少し背が大きくなってお姉さんになったね」
「だ……誰ですか。あなたは!?」
「忘れちゃったの? 加奈の友人で笹山香だよ」
香が優奈の頭をまるで可愛い動物を撫でるようにして再会を喜ぶと、当人は香の事を覚えていない様子だ。
そういえば、香と優奈が出会ったのは一年ぐらい前で、当時は地味な黒髪のおさげだったが、高校デビューした現在では髪を金髪に染めて見事なギャルに変貌を遂げている。
「嘘……あなたが、あの香さん!?」
「そうそう、あの香さんだよぉ」
呑気な声で香が頷くと、そのまま優奈を胸に抱きしめる。
基本、可愛い物なら何でも受け入れる香は当然の挨拶みたいにスキンシップをすると、腕をバタつかせて抵抗する優奈は嫌がっているのが見て取れる。
見兼ねた二人を時雨が引き離して間に入ると、解放された優奈は顔を真っ赤にして震えた手で香を指差す。
「急に抱くなんてハレンチでセクハラですよ! 何を考えているんですか」
「怒った優奈ちゃんも可愛いなぁ」
「全く……お姉ちゃんの友達にロクな人達がいませんね。私は急いでいるので、これで失礼します」
憤慨した様子で時雨達に背を向けると、優奈は大きな鞄を背負い直して歩き出す。
香はうっとりした顔で見送ると、今まで距離を置いて沈黙していた加奈が老婆から貰ったラムネを飲みながら口を開いた。
「相変わらずツンツンしているわね。普段も私に対してあんな感じだから、時雨よりクソ真面目な妹に姉の私は手を焼いている訳よ」
加奈の場合、それは自業自得なのではと思う。
たしかに妙に大人びて背伸びしているような節もあるが、十代半ばとなると、多感な時期で難しいお年頃だ。
「香ちゃんであの反応だったし、今の加奈を見て状況を説明したら頭がおかしい連中だと思われるかもね」
「実は異世界転生したダークエルフでした! てへぺろって通じるのは同じ境遇の時雨達ぐらいだよ」
「まあ、そうだね」
このまま元に戻らなければ、否応でも優奈を説得しないといけない。
非現実的でありえないと散々な事を言われるのは目に見えているので、初見で受け入れてくれるのは難しいだろう。
そのためにも、全力を尽くして加奈を元に戻す方法を探し出さないといけない。
「あれ? 何か落ちているね」
加奈が雨で濡れた小振りの物を拾い上げると、どうやら定期券のようだ。
持ち主は山下優奈の名前が印字されて、香に抱きつかれた時の衝撃で落としたのかもしれない。
「やれやれ、世話がかかる妹だね。ちょっと届けて来るよ」
「あっ、待ってよ。それなら私が……」
加奈は雨に濡れた定期券を拭き取ると、ややこしくなるので時雨が買って出ようとするが、ダークエルフの身体能力の前では止められなかった。自慢の脚力を活かして優奈と距離を縮めていくと、勢いよくジャンプして優奈の眼前に着地する。
「うわ!? 急に何なんですか」
「オ嬢サン、落トシ物デスヨ」
思わず尻込みしそうになる優奈の身体を支えると、加奈は片言の日本語で定期券を差し出す。
優奈は警戒心を強めて定期券を恐々と手にすると、加奈の顔を不思議そうな目でじっと見つめる。時雨と香も後から追いつくと、やがて加奈を壁際まで追い詰めるようにして壁ドンを決め込む。
「あなた……まさか、ダークエルフ?」
優奈が放った言葉を時雨達は耳にすると、雨足がさらに強くなって雷鳴が響き渡った。