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第152話 実の妹

「そろそろ行こうか」


 時雨が席を立つと、居心地の良さに長居をしてしまった。

 気分転換の散歩も十分堪能できたし、そろそろ引き返して加奈を元に戻す方法を考えないといけない。


「ご馳走様。これはコーヒー代ね」

「僕はアップルパイの分」


 時雨は二人から喫茶代のお金を徴収すると、奥の厨房にいる老婆に声を掛けて、まとめて会計を済ませる事にする。


「すみません。お会計お願いします」


 時雨の呼び掛けに返答はなし。

 もしかしたら、店内に流れているジャズのレコードが邪魔して時雨の声がよく聞こえなかったのかもしれない。

 先程より声を張って、時雨は再度老婆に呼び掛ける。


「すみません!? お会計お願いします」


 時雨の声も虚しく響くと、老婆からの返答はない。

 様子が変だと気付いた時雨は嫌な予感が脳裏をよぎった。


(まさか、奥で倒れているんじゃ……)


 加奈と香も異変に気付くと、時雨達は構わず奥の厨房へ足を踏み入れようとした時だった。


「お待たせして、ごめんなさいね」


 老婆が奥の厨房から申し訳なさそうに、ひょっこりと姿を現す。

 特に変わった様子もないところを見ると、時雨達の杞憂に終わったようだ。


「娘夫婦から電話が入っていてね。お嬢さんの声は聞こえていたのだけど、この年齢(とし)になると咄嗟の対応が遅れて嫌になっちゃうよ」

「そうだったんですか。こちらこそ、大切なお電話の最中に呼びつけたりして、申し訳ありません」


 どうやら取り込み中だったようで、事情を知っていれば、もう少し時間を置いてもよかったなと時雨は反省する。

 会計を済ませるためにお金を取り出そうとすると、老婆はそれを制止する。


「お金はいいよ。実は今日で店を閉めるつもりだったんだ。さっきの話で娘夫婦から電話が入ったと言ったけど、娘夫婦の下で厄介になるのが決まっていてね」


 娘夫婦としては、年老いた母親を一人にさせておくのは心許なかったのだろう。

 せっかく居心地の良い喫茶店を見つけたのに、閉店するのは寂しいが致し方ない。


「最後に私の作ったアップルパイとコーヒーを美味しそうに食べて喜んでくれたお嬢さん達を見られて私は満足だよ」

「そんな最後と言わずに、娘さん達に作ってあげるといいよ。きっと喜んでくれると思うからさ」


 老婆が感謝の気持ちを伝えると、加奈は照れ臭そうに激励の言葉を送る。

 前世で修羅の道を歩んだ加奈にとって、家族は特別な存在だ。独り身の孤独さは誰よりも理解しているし、寄り添う者がいるのならそれだけで幸せである。


「……そうさね。最後と言うのは撤回するよ。ちょっと待っておくれ」


 老婆が足早に奥の厨房からラムネとメモ用紙を持って来ると、加奈に手渡す。


「帰り際に三人で飲むといいよ。そのメモ用紙にはアップルパイのレシピが記載されているから、作ってみるといい」

「こんな大切な物を貰ってもいいの?」

「美味しいと褒めてくれたからね。私はレシピを完全に覚えているから、気にせず持って行きな」

「それじゃあ遠慮なく……お婆ちゃん、ありがとう」


 加奈が例を言うと、時雨は軽く会釈する。

 香も時雨に倣って会釈すると、時雨達は喫茶店を後にした。

 

 雨は相変わらず止む気配もなく、傘を差して表通りの道へ進む。


「さて、コンビニはどうする?」

「お菓子はもう十分に堪能したし、帰宅して本格的に対策を練ろう」


 時雨が息巻いて家路を急ぐ。

 香はコンビニでお菓子を買いたい様子だったが、状況を察すると我慢してくれた。

 表通りの道に出た時、時雨達は予想もしなかった人物と鉢合わせる。


「あっ……こんにちは」


 小柄な体型の少女は似つかわしくない大きな鞄を背負って、時雨達に挨拶をする。

 少女の名前は山下優奈(やましたゆな)

 加奈の実の妹である。

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