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第151話 味の虜

 パイ生地の触感と林檎の爽やかな風味が口一杯に広がり、良い具合に調和している。


(こんなに美味しいアップルパイは初めてだな)


 お菓子好きの香もトロ顔でアップルパイを頬張り、味の虜になっている。


「香、あんた完全にメス堕ちしてるわよ」


 加奈はコーヒーをちびちび飲みながら、女の色気を醸し出している香に呆気に取られている。

 そんな事を気にせずに、香は興奮気味に味の感想を述べる。


「このアップルパイ、やばいよ。僕が今まで食べた中で一番やばい」

「あー……つまり、やばいぐらい美味しいって事ね」

「うん!」


 あまりの美味しさに語彙力がやばい事になっているなと察した加奈は簡潔に香の代弁を努める。

 たしかに美味しいのだが、時雨の中で一つの疑問が湧いている。

 これほどのアップルパイが近所の喫茶店にあったのなら、スマホでお菓子マップのチェックを欠かさない香の耳に届いていないのは腑に落ちない。

 単純に香が見落としただけかもしれないが、考えに(ふけ)っている時雨の目を盗んで加奈が時雨のアップルパイに手を伸ばした。


「いただき!?」

「あっ、まだ食べかけだったのに」

「ほんの少しもらうだけだから、時雨も私のコーヒーを飲んでいいよ」


 コーヒーの苦味に耐えられなくなった加奈は天にも昇る香を見ている内に興味がアップルパイへと移っていた。


「もう、意地汚いなぁ。ちゃんと言えば、加奈の分を分けてあげたのに」

「手癖が悪いのはダークエルフの性分だからねぇ。じゃあ、いただきます」


 それは元々加奈の性格に起因しているのではないかと思ったが、今に始まった事ではない。

 時雨も加奈が飲みかけのコーヒーを口にしようとすると、重大な事に気付いた。


(これって間接キス……)


 手の掛かる友人と意識していたのが、一人の女性として上書きされてしまった。

 一見すればクールでモデル顔負けのスタイルなのだが、性格が邪魔して見事に相殺している。

 加奈もアップルパイを頬張ると、目を見開いて一言。


「これは香の言う通り、やばいわぁ」

「ほら、やっぱりそうでしょ!? 加奈も見事にメス堕ちしてるよ」

「私は……してないわよ。これは未開の味に到達して感動しているのであって、私の中に眠っていた知的好奇心が疼いているだけよ」


 虚勢を張っているのは明白だが、アップルパイに夢中の香は気にも留めなかった。

 時雨は二人の様子を窺っていると、悩んでいた自分がちっぽけに思えてしまい、黙ってコーヒーの味を楽しんだ。

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