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第150話 喫茶店

 普段は雨の日に散歩なんてしないが、加奈と香に囲まれて他愛ない会話を楽しみながら散歩するのも悪くはない。

 表通りから裏路地に入ると、甘くて香ばしい匂いが三人を誘う。


「あそこから、良い匂いがするわね」


 加奈が指差すと、年季のある木造の建物に屋根から煙突がそびえ立っている。

 この辺は駅から反対方向で、ビルや住宅街が広がっているぐらいなので普段から足を運ぶ機会は少ない。

 匂いに釣られて近付いてみると、建物の入り口に珈琲マルカワ営業中の立て札と小看板が置かれて軽食のメニューが記載されている事から、ここは喫茶店のようだ。


「なかなか雰囲気のある喫茶店ね。こういうお店って、コーヒー豆とかこだわってそうだし、都会に佇むオアシスって感じが好感持てるわ」

「うん、たしかにそうだね」


 加奈が店の外観について想像を膨らませると、時雨も頷いて同意する。

 さらに加奈は続けて、小芝居じみた演出を始める。


「ある休日の昼下がりに喫茶店の窓辺で文学少女が読書を(たしな)んでいると、イケメンな彼氏と運命的な出会いを遂げて、恋が芽生える! そして、永遠の伴侶が誕生して未来永劫幸せな家庭を築きましたとさ」

「僕はお勧めのアップルパイにする」


 香は加奈を無視して小看板にあるお勧めメニューを選択する。

 この面子では文学少女とは程遠いなと思う時雨は香と同じメニューを選択して、早々に店の中へ入って行く。


「ふふ、私のような知的な人間はまずコーヒーを選ぶのが王道。お子ちゃま二人はアップルバイとママのオッパイがお似合いよ」

「ほら、加奈も入るよ」


 知的な人間以前に今は種族がダークエルフなんだよなと野暮な突っ込みを入れるのも面倒なので適当に促して加奈を店の中に引き込む。

 店内は広々とした空間にジャズのレコードが流れて、レトロな雰囲気を演出している。

 周囲を見渡すと、どうやら時雨達以外に客は誰もいない。

 奥の厨房から一人の老婆が割烹着姿で現れると、時雨達の接客に当たる。


「いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」

「ではお言葉に甘えて、あそこの席にしよう」


 加奈の要望で窓辺のテーブル席に着くと、老婆は三人分のお冷とメニュー表を用意する。

 メニューはもう決まっていたので、時雨達はその場で老婆に注文すると、承った老婆は奥の厨房へ消えて行った。


「僕は近所にこんな良い店があるなんて今まで知らなかったよ」

「私も近所に住んでいるけど、知らなかったな」


 どうやらカフェ等の情報通である香もこの喫茶店の存在は知らなかったようだ。

 普段、香や女子生徒達と訪れるカフェは女子のハートを鷲掴みにするステータスが満載であるのに対して、ここは落ち着いた雰囲気に身を任せられて時間が経つのを忘れてしまいそうな居心地のある空間だ。


「記念に一枚収めておこうかな」


 香がスマホを取り出して、三人を写真に収めようとした時だった。

 老婆が注文の品をトレイで運びながら、やんわりした口調で注意を促した。


「ごめんなさいね。店内は撮影禁止なの」

「そうだったんですか。ごめんなさい」


 香は慌ててスマホを仕舞って老婆に謝る。

 おそらく、常連客や店の雰囲気を壊さないための配慮なのだろう。

 トレイから時雨と香の前にアップルパイと加奈の前にコーヒーが置かれると老婆は「ごゆっくり」と一言添えて、また奥の厨房へ消えて行った。


「じゃあ、早速いただきましょうか」


 加奈は待ち侘びたようにコーヒーカップへ手を伸ばすと、時雨と加奈もアップルパイを一口サイズにして口へ運んで行く。

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