第145話 加奈の胸中
「へぇ、手鏡にこんな効果があったんだね」
香は手鏡を覗き込むと、自身でその効果を確かめて納得する。
手鏡には八歳ぐらいの男の子が映し出されている。
それが香の前世の姿であり、時雨の弟シャインであった。
「いいわぁ、私好みの可愛い姿ね。目元が前世の時雨にそっくりだよ」
「少し照れ臭いよ」
加奈が手鏡に映った香を見ると、見惚れて絶賛する。
そんな加奈に対して、香は誰にも知られる事がないと思っていた前世の姿を見られて、思わず手鏡を引っ込めてしまう。
「このショタが今では立派な女子高生のギャルになるとは全く想像できないわ。香も魔力があったら、おねショタのツーショットができたのに残念だわ」
香とは幼馴染からの付き合いだが、たしかに見破るのは容易ではない。
それは香も同様で、まさか幼馴染が前世の兄だったとは想像もできなかっただろう。
加奈が惜しむように肩を落とすと、香は手鏡を置いて静かに言葉にする。
「僕は……今のままがいいな。綺麗な洋服やお腹一杯にご飯も食べられるし、皆と楽しい時間を過ごせるから。別に前世を否定する訳じゃないよ。前世で僕やお母さんを頑張って養ってくれた時雨ちゃん……お兄ちゃんには感謝しているよ」
それは香が心に抱いていた本音だった。
時雨は香の頭を撫でると、優しい言葉を投げ掛ける。
「大丈夫だよ。シャインの気持ちは私が一番理解しているからね」
「うん、ありがとう」
二人の様子をじっと見つめる加奈は前世で二人の絆を引き裂いた疾しさから目を伏せてしまう。
時雨や凛は許してくれたが、香には真実を話していない。
真実を知った香は果たして許してくれるだろうか。
もしかしたら、今の友人関係を壊してしまうかもしれない。
ずるい女だなとつくづく嫌になる加奈は情けなくなる。
「香、真面目な話があるの」
「胸は揉ませないよ」
加奈は過去の過ちについて喋る決心をすると、香はいつもの冗談だと思って胸を押えて警戒する。
「違うの! 今はそんな話じゃないよ。実は……」
全てを語ろうとした瞬間、時雨が背後から口を押えて阻止する。
何となく察しが付いた時雨は加奈の耳元で呟く。
「私や凛先輩の事まで触れなくていいよ。シャインには加奈はあくまで前世がダークエルフってだけに留めておきたい」
「でも……」
二人の様子に首を傾げる香は戸惑う加奈を差し置いて、時雨は一芝居打ってみせる。
「胸じゃなくてお尻を揉ませろって、どっちも嫌がるよ」
「やっぱりそんな話じゃない。加奈の真面目な話で真面目だったのは数えるぐらいしかないからね」
呆れた顔の香は疑う余地もなく、時雨の言葉を信じてしまう。
加奈は一瞬俯いて考え込むと、すぐに行動に移して香に飛び掛かる。
「ふっふっふっ、バレては仕方がない。ショタのギャルを目の前にしているんだから、私の好奇心を満たすために受け入れなさい」
「もう、加奈ったら離れてよ」
傍から見れば、クール美女がギャルに襲い掛っている図は異様な光景に見える。
散々罵声を浴びせられながらも、本題である加奈を元の姿に戻す方法について話し合うことにした。