第142話 手の掛かる妹
寝巻に着替えた時雨は自室に戻ると、柚子の用意した寝巻に着替えさせられた加奈がベッドで横たわっていた。
「加奈ちゃんのご両親と連絡が付いたから、今日は泊める事にしたよ。私もお風呂に入って来るから、加奈ちゃんをお願いね」
さすがに、今の姿で加奈を自宅に帰す訳にもいかないので、柚子は機転を利かせてくれたようだ。
柚子は時雨を残してお風呂へ行くと、加奈と二人だけになった。
結局、机には宿題が終わらないまま勉強道具だけが残されている。
加奈の言葉を信じるなら、明日には元の姿に戻っているらしいので宿題の続きは明日に持ち越す事にしよう。
時雨はベッドに横たわっている加奈をチラッと覗くと、クールな美女だなと改めて思う。
(くそ……不覚にもドキドキする)
ダークエルフの美女であるのと同時に中身は加奈である。
妙に意識してしまうと、半ば強引に舌を入れられてキスされた事を思い出す。
頭を横に振って邪念を捨てて、時雨は気分転換にパソコンを起動させると、ヘッドフォンを装着して趣味の一環である動画サイトを巡る。前世ではありえなかった趣味の一つでもあり、好きな音楽にも出会えたし、誰にも邪魔されずに楽しめる。
手慣れた様子でパソコンを操作していると、両肩に弾力のある物体が圧し掛かる。
これはデジャヴなのかと驚いた時雨は思わず首を曲げて背後に視線を向けると、そこにいたのはやはり寝巻姿の加奈だった。
「加奈!? いつから目を覚めしていたの」
「お姉さんが寝巻に着替えさせてくれた時ぐらいよ」
「じゃあ、私が風呂上がりに戻って来た時には起きていたのね」
それでは先程の様子も見られていた事になる。
加奈は時雨の右肩に顎を乗せると、不敵な笑みを浮かべる。
「そのまま続けていいよ。時雨は何の動画を見るのかな?」
「お……音楽だよ」
「ふーん、音楽ねぇ」
素直に返答する時雨だが、加奈は納得していない様子だ。
そういえば、エルフやダークエルフは他人の心情を探るのが得意な種族だと士官学校で習っていたのを思い出す。
「別に嘘は付いていないよ。それより、もう大丈夫なら宿題の続きでもやろうか」
「宿題より、さっきの続きをやりたいな。時雨に舌を入れてキスしたけど、ダークエルフにとって間食のおやつよ。時雨は前世の記憶がある分、オスの味とメスの味が良い塩梅になって美味しかった。まるで、脂がのっているサンマとふわふわの甘いパンケーキが同時に味わえるような感覚で最高なのよ」
やんわり宿題を拒否されると、本来の目的を忘れないで欲しいなと時雨は思う。
サンマとパンケーキの組み合わせって美味しいのかと疑問に思うが、エルフやダークエルフの味覚だとレアなご馳走らしい。今、時雨が前世の世界に戻ればエルフやダークエルフを魅了して虜にできると加奈は断言する。
「だからさ。時雨はエロ動画を視聴するより私と楽しい一夜を過ごせて、私も甘美なおやつを堪能できてWIN・WINな関係を維持できるじゃない?」
「いや、さっきも言ったけど音楽だからね。それに加奈が一方的に得するだけじゃない」
「何言ってんのよ。この世界でダークエルフのお姉さんは私だけ。それを時雨が独り占めできるなんて騎士として箔が付くってもんよ」
そこで騎士を取り上げないで欲しいなと時雨は思う。
あまり気乗りはしないが最後の手段として、時雨は加奈を黙らせるために警告を出す。
「宿題や安静にしないなら、私が加奈の耳をモフるよ」
それを聞いた加奈は反射的に身体を仰け反る形になって時雨と距離を取る。
「耳はやめて! 本当にやり過ぎると頭がおかしくなって昇天しちゃうよ」
加奈は長耳を両手で抑えながら、軽蔑する目で訴える。
「時雨のドスケベ! 変態! 淫乱騎士!」
とんでもない捨て台詞を吐くと、加奈はベッドに潜って身を丸くしてしまう。
想像以上に効果は抜群だったが、これで少しは懲りてくれたらいいのだが――。
「……宿題は明日やる」
加奈は布団からひょっこり顔を出して呟くと、まるで手の掛かる妹を持ったような感じだなと時雨は思った。