第140話 耳は敏感
転生の件は触れずに、時雨は手鏡を手に取って覗くと前世の姿を映し出す事を実践してみせた。
「信じられないかもしれないけど、これは手鏡を手にした者の前世を映し出す魔法の手鏡なの」
「ふーん、どれどれ……」
柚子は全く信じていない様子で、冷やかし程度で時雨が手にしている手鏡の姿を拝見する。
そこにはいつもの時雨ではなく、好青年の姿をした人物が映っていた。
柚子は傍にいる時雨と手鏡に映っている時雨の姿を交互に見ると、口を開いたまま呆然としてしまう。
「嘘……時雨が割とイケメン男子になっている」
「そうですか? たしかにそこそこな線ですけど、女子の評価は良い人止まりで恋愛に発展しなさそうなパッとしない感じに私は見えますよ」
柚子から割とイケメン男子、加奈から良い人止まりと言いたい放題な評価を受ける。
実際に前世は恋愛や結婚もできなかったので、無理に反論したところで虚しくなるだけだと時雨は咳払いをして本題に戻る。
「ゴホン、これで信じてもらえたかな」
「うーん、でもさ。その手鏡が本物の魔法の鏡だとして、加奈ちゃんは姿も変わって時雨は姿が変わらないのは?」
「私は前世がダークエルフだからですよ」
時雨に代わって加奈がその辺りの説明を詳しく話すと、柚子は目の色を変えて興奮気味になる。
「たしかに、その長耳は異世界ファンタジーで登場するエルフ族特有の証! どれどれ……このモフモフした耳の触り心地はまるで猫みたい」
遠慮なく加奈の長耳を撫でる柚子に対して、加奈は全身をビクンとさせてその場にへたり込んでしまった。
「あっ……耳は敏感だから触らないで!?」
「あらあら、ダークエルフさんは冷酷で強気なイメージがあったけど、これじゃあ形無しね」
耳が弱点だと意外な事実を知ると、柚子は変なスイッチが入ってしまったようでさらに耳を撫でて加奈の反応を楽しむ。
(お姉ちゃん、ドSだな……)
止めに入ろうかと思ったが、先程背後から抱き着かれてキスされた事を思い出すと、少しお灸を据える意味でも見守る事にする。
「ぐす……お願いですから……止めて下さい」
「うーん、どうしようかしら?」
加奈は半泣きになって懇願すると、構わず撫で続けられる。
「あう! もう無理」
絶頂に耐え切れなくなった加奈は身体を無防備で大の字になって気絶してしまった。
そこでようやく我に返った柚子は撫でていた手を引っ込める。
「しまった。気持ち良い触り心地で、ついその気になっちゃった。とりあえず、静観していた時雨も共犯だから加奈ちゃんを移動させてベッドで休ませるわよ」
「う……うん」
廊下のど真ん中で気絶した加奈を二人で協力して持ち上げると、まるでドラマや映画のサスペンスに登場する死体を運び出す役柄になった気分だ。
時雨の自室にあるベッドまで運ぶと、加奈は「耳はもうダメ」とうわ言を呟く。