第139話 柚子を説得
柚子は扉の前で固まってしまうと、信じられないとばかりに手で口を押えて扉をそっと閉める。
「ちょっ……お姉ちゃん!? これは違うの」
時雨は柚子を追いかけるようにして自室を飛び出す。
色々と勘違いしているのは明らかで、時雨も柚子と同じ立場だったら、おそらく勘違いしているだろう。
廊下で柚子を捕まえると、時雨は弁解を試みる。
「お姉ちゃんが思っている事は何も起きてないよ。あれはその……不可抗力と言うか」
「時雨、私は幼馴染の香ちゃんや学校の先輩は許容範囲だけど、見知らぬデリヘル嬢を家に連れ込むのは感心しないな」
どうやら、加奈をデリヘル嬢と勘違いしているようだ。
遅れて加奈も合流すると、柚子は懐から財布を出して交渉する。
「妹は未成年でちょっとした好奇心のつもりで呼んだと思いますが、どうかこれでお引き取り下さい」
誠意を示して頭を下げる柚子に、加奈はおどけた様子で柚子の肩を軽く叩く。
「お姉さん、私ですよ。超絶美少女の加奈です」
「……えっ?」
柚子は加奈をじっと見つめると、言葉を失って目の前にいる女性に対して怪訝な目を向ける。
「そういえば、加奈ちゃんの姿が見えないわね。玄関先には靴もまだあるし、どこへ行ったのかしら?」
目の前にいる女性を言動がやばい奴だと判断した柚子は見知っている加奈の姿がない事に気付いて心配そうにする。
「だから、私が加奈ですって!」
「加奈ちゃんはあなたのようなおっぱいもないし、ぺったんこで可愛らしい女の子なのよ! まさか、あなたが加奈ちゃんをかどわかして、妹の時雨も……」
本人は真面目に加奈や時雨の安否を心配しているのだが、デリヘル嬢から誘拐犯にされてしまった加奈は複雑な心境だろう。
「警察を呼ばないと……」
スマホで110番をしようとする柚子に、時雨は慌てて制止する。
「待って、お姉ちゃん! 彼女は本当に加奈なのよ」
「こんな色気のある女が加奈ちゃんの訳ないでしょ!」
それは即ち、元々加奈に色気がないと柚子の口から本音が漏れると、精神的ダメージを加奈は蓄積していく。
「彼女にプレゼントするなら、愛情たっぷりの手料理を振る舞ってはどうでしょうか」
加奈は突然、二人の間に入って何の脈絡もない言葉を口にする。
時雨には何の事だか訳が分からなかったが、柚子は違った反応を示す。
「それって……私が付き合っている彼女の誕生日に何を贈ろうか加奈ちゃんに相談した時にもらったアドバイス」
「そうです。私の的確なアドバイスをお姉さんにしたじゃありませんか」
なるほど、加奈と柚子しか知らない事実を突き付けて自身が加奈である証明をしたようだ。
それなら柚子も納得するだろうと加奈と時雨も安堵するが、そうもいかなかった。
「私と加奈ちゃんの話を隠れて聞き耳立てていたのね!」
「いや、違いますよ。お願いですから、私が加奈だと信じて下さい」
これには加奈も参ってしまうと、時雨は諦めて一から経緯を説明して柚子を説得する試みに移った。