第129話 神社
お風呂の件もそうだったが、迂闊だった。
柚子にとって時雨や香は仲の良い幼馴染の女子高生だ。
「まあ、二人の仲を部外者の私がどうこう言うつもりはないけどね。それに、香ちゃんの僕っ子は可愛くて、お姉さんは全然アリだと思うわ」
柚子は親指を立てて、香の僕っ子を絶賛する。
それ以上の事には突っ込まないで、軽く欠伸をすると香が作った味噌汁を鍋からお椀にすくって味見をする。
「これは美味いねぇ。香ちゃんが時雨と結婚したら、毎日香ちゃんの味噌汁飲みたいわ」
「また馬鹿な事言って……」
時雨は呆れてしまうと、いつもの調子で二人のちょっかいに転じて、とりあえず危機を脱したと安堵する。
味噌汁を柚子に褒められると、香は行儀よく礼を言う。
「あ……ありがとうございます。私の味噌汁でよかったら、また作りに来ます」
「あら? 私に戻っちゃったの。うーん、時雨だけじゃなくて私にも僕っ子で接して欲しいなぁ」
柚子は甘えた声で懇願すると、香はチラッと助けを求めるように時雨に視線を合わせる。
時雨は軽く頷いてみせると、了承した香は喉の調子を整える。
「僕の味噌汁でよかったら、また時雨ちゃんとお姉さんのために作りますね」
「うんうん、期待してるね」
改めて僕っ子を披露すると、柚子は満足そうな笑みを浮かべる。
時雨はこれ以上喋ってボロを出さないように、香の手を引いて自室まで連れ込む。
一人食卓のテーブルに残った柚子は再び味噌汁の味見をした後に、小さく笑って呟く。
「お兄ちゃんらしく、シャインを守ってあげてね」
寝巻から私服に着替えて、時雨は香と外に繰り出す。
今の時間帯で平日なら学校の登校で電車に揺られているところだが、今日はお互いに羽を伸ばして楽しもうと思う。
「お兄ちゃん、余計な心配させてごめんね」
「いや、私もうっかりして柚子お姉ちゃんは視野に考えていなかったよ。あの様子なら、多分大丈夫だよ」
二人以外は誰もいない道端で香が申し訳なさそうに謝ると、時雨は首を横に振って香を安心させる言葉を投げ掛ける。
「さあ、気を取り直して行こう」
「うん!」
時雨はいつものように香の手を繋いで歩き始めると、香は元気な声で応じる。
約束したスカイタワーの営業時間は午前九時からとなっていて、開演まで時間に余裕があるので目的地に移動しながら近くの街を散策する事にする。
最寄駅を下車して、しばらくあてもなく歩いていると小さな神社の境内へ続く階段を上って足を踏み入れていた。
「少しお参りして行こうか」
「よーし、僕は神様にお願いしたい事が沢山あるんだ」
「こらこら、沢山なんて神様を困らせちゃ駄目だぞ」
香はテンションを上げてはしゃぐと、駆け足になって頂上の鳥居を潜って行く。
時雨も後を追いかけるようにして階段を上りきると、鳥居の先で香が手招きしている。
(子供みたいに元気だなぁ)
こうして見ると、見た目はギャルな女子高生だが、前世で無邪気な六歳の男の子だった面影を色濃く残しているように見える。
「はいはい、今行くよー」
時雨は思わず微笑んで鳥居を潜ると、香と並んで参拝をする。