第127話 ゴールデンウィーク三日目
衣装を返却して受付で写真を受け取ると、なかなか良く撮れている。
特に剣を構えた紅葉は凛々しい姿で立ち振る舞いがカッコいい。
ビルの外へ出ると、凛は両手を伸ばして背伸びをすると解放感に浸る。
「久々にドレスを着て楽しかったけど、やっぱり私生活は普段着で動くのが一番いいわね」
「ドレスは洗濯するのが大変でしょうし、騎士鎧も手入れをしないといけませんからね」
パーティー等のイベントでドレスの需要はあるが、騎士鎧に至っては芸術や歴史分野で骨董品や資料として扱われる程度だ。
日も暮れ始めて帰路に就くために電車で移動すると、紅葉は電車に揺られながら自身の騎士姿をじっと眺めている。
「紅葉先輩の騎士姿はやっぱりカッコいいですね」
時雨は隣から覗き込むように声を掛けると、紅葉は写真を鞄に閉まってどこか寂し気な表情を浮かべる。
「これが当たり前の世界観だったんだがな。魔物はいないし、治安も前の世界に比べれば格段に暮らしやすい環境だ。私のような剣だけの女はこの世界に需要はないのかもしれない」
「そんな事ありませんよ。生命の危機に脅かされず、武器を持たなくてもいい世界なんて騎士が目指す目標の一つでもあったじゃないですか。紅葉先輩なら、剣以外にも必ず素晴らしい才能を開花できると思いますよ」
「……なるほどな。時雨が言うと、何だかそんな気がしてきたよ」
電車が停車駅に着くと、紅葉は下車して時雨達に感謝の言葉を送る。
「今日は私にとって最高の一日だったよ。機会があれば、またよろしく頼むよ」
「ええ、私も楽しかったです。道中お気を付けて」
電車の開閉扉が閉まると、時雨は手を振って見送る。
凛と加奈も自宅の最寄り駅に途中下車して別れると、一人になった時雨は懐から四人揃った写真を取り出して微笑んだ。
ゴールデンウィーク三日目。
小窓から朝日が差し込んで、外から雀の鳴き声が聞こえる。
(まだ七時か)
時雨は枕元のスマホで時間を確認すると、再びベッドに潜ってあと一時間ほど眠っておこうとする。学校の宿題も昨日の夜に終わらせて、昨日までのゴールデンウィーク二日間は時雨にとって濃密な時間を過ごせたと思っている。
自然と寝返りを打つと、時雨の顔にマシュマロのような柔らかい物が当たった。
(ん? 何だろう……)
夢見心地で寝ぼけているせいもあって、時雨はそれが何なのか深く考えずにいると、すぐ耳元から聞き覚えのある女の子の声がした。
「あう、くすぐったいよぉ」
その異常事態に気付くと、目の前には大きな谷のような物体が飛び込んできた。
時雨は慌てて潜り込んでいた布団から飛び起きると、そこにいたのは香だった。
「あっ、お兄ちゃん。おはよう」
香もベッドから起き上がると、自然に朝の挨拶を交わす。
「何でシャインがここに……と言うか、さっきの柔らかいのは一体?」
「僕の胸だよ。可愛らしい寝相を覗いていたら急に寝返りを打って僕の胸に飛び込んだんだよ」
香は乱れた胸元を整えて時雨に笑顔を向ける。
事故とは言え、時雨は顔を真っ赤にして謝ると香は可笑しそうに笑った。
「僕は全然構わないよ。それより、今日僕と一緒に約束したスカイタワーへ行かない?」
そういえば、香とゴールデンウィーク期間のどこかでスカイタワーへ行く約束をしていた。
特に用事もないので、時雨は二つ返事でOKする。
「うん、いいよ」
「やったぁ」
香は飛び跳ねて喜ぶと、時雨に抱きついた。
再び時雨の顔に胸が当たると、寝起きの状態で血圧がやばい勢いで上がっていきそうだ。
一旦落ち着いて二人は距離を取ると、時雨は寝癖を直しながら香に訊ねる。
「でも、それならわざわざ朝っぱらから出迎えなくてもスマホで連絡してくれたらよかったのに」
「寝顔が見たかったから、つい……ね」
香は両手で顔を隠して恥ずかしそうにすると、そこは恥ずかしがるのかと心の中で突っ込んだ。