第125話 揺れる想い
撮影室の準備が整うと、時雨達はスタッフから撮影について細かな説明を受ける。
写真は何枚でも撮り直しが可能で、要望があれば合成写真やエフェクトの追加も可能だと言う。
「ふむ、普通の写真とは違うのだな」
カメラやスマホ等の撮影機器にあまり縁がなかった紅葉にとって、いまいちピンと来ない感じだ。
そんな紅葉に加奈は簡単な例を挙げる。
「先程、時雨が凛先輩をお姫様抱っこしようとして失敗したじゃないですか。合成写真なら、それぞれ時雨が両手を掲げている姿と凛先輩が仰向けになっている姿の写真があればパソコン機器等を駆使して、あたかも時雨が凛先輩をお姫様抱っこしている写真ができます」
「それは凄いな!? それなら、時雨が私をお姫様抱っこしている写真もできるのか?」
「ええ、できますよ。お望みなら、時雨とキスしている場面もバッチリ撮れます」
加奈は得意気に言うと、また余計な入れ知恵をしたなと時雨は困惑する。
凛はその手があったかと頷いてみせると、不用意に紅葉が放った言葉に事態は一変する。
「時雨、公園で私にキスをしてくれたように撮ってみようか」
上機嫌だった凛はまるで時が止まってしまったかのように、その場で硬直してしまう。
加奈は信じられないと言わんばかりに口元を手で隠して驚いた様子で時雨と紅葉の両人を見つめる。
本人に悪気はないのだが、まさかこんな形で凛と加奈に知られてしまうとは予想外だった。
この場をどうにかしようと加奈がフォローに入ると、時雨と一旦撮影室から出て近くにある女子トイレに移動して事情を聞き出す。
「あんた、あの尻の緩い女騎士様と公園でキスしたの!?」
「……しちゃいました」
鬼気迫る勢いで時雨に訊ねると、時雨は尻の下りを突っ込む余裕もなく観念するように白状する。
経緯を聞き終えると、加奈は今日一番の溜息を漏らしてしまう。
「以前、想い人が二人もいて香も大変だなぁって何度か冗談で言ったりしたけど、何とも羨ましいと言うか恋愛漫画やドラマみたいな展開が、まさか本当に起こるなんてねぇ」
正確には公園で紅葉にキスをした後に書店で誰もいない隙を突いて凛にキスをされたのだが、それについても洗いざらい喋る。
改めて今日一日で二度も違う女性の唇にキスをするなんてありえない経験だと時雨は思う。
「現状で考えると時雨は女騎士様と今後も恋仲で付き合って、お姫様は斬り捨てるのか」
「……正直、自分の気持ちが分からない。たしかに前世の初恋相手は紅葉先輩で勢いに任せてキスまでしたけど、長年に渡って秘めた想いを伝えられてすっきりしたし嬉しかった。でも凛先輩にキスされてから何かちょっと違う気がしたんだ。初恋の人に想いを届けて嬉しい筈なのに凛先輩の影が脳裏を過るんだ」
自身の優柔不断さに嫌気が指すと、時雨は首を横に振って思い悩む。
このまま二人との関係を良好に維持するのは都合が良すぎるのかもしれない。
そんな時雨に加奈は軽く背中を押してアドバイスを送る。
「恋の行方なんて神様も答えられないよ。最終的になるようになって収まるだけだと思うし、時雨と紅葉の関係を薄々気付いていたお姫様も完全に火が付いたわね。サウナの件で、あの二人は負けず嫌いだって証明されたし、しばらく時雨の取り合いは続くかもね」
加奈の言う通りかもしれない。
時雨は凛と紅葉を撮影室に残したままだった事を思い出すと、既に取り合いは始まっているのではと危惧する。
(これはまずい……)
慌てて女子トイレから飛び出して撮影室に戻ると、凛と紅葉は笑顔で迎え入れた。