第121話 笑顔
「お腹も良い具合に減ったし、何か食べて行くか」
「そうね。私も小腹が空いたし、そこの食堂で昼食にしましょうか」
凛と紅葉も空腹に見舞われると、凛は食堂ののれんが掛かっている場所を指差した。
時雨もお腹の虫が鳴ると、全員の意見が一致して営業中の食堂に迷わず入って行く。
券売機には和洋中のメニューが揃っており、時雨達は食べたい品をそれぞれ選んだ。
時計は正午に差し掛かり、席もそれなりに埋まり始めている。
幸いな事に時雨達は混雑する前に席を確保する事ができて、発券を受取口で手渡すと出来上がるのを待つ事にする。
「時雨は何を注文したの?」
凛が興味本位に注文した品を訊ねると、時雨は壁際にある献立表を指差して読み上げる。
「私はあれですね。サーモングリルと野菜サラダのセットですよ」
「それも美味しそうね」
「凛先輩は何を注文なさったのですか?」
「私は唐揚げ定食よ」
凛も同じく献立表から注文した品を読み上げると、意外とがっつりした品を頼んだなと加奈は思った。
「へぇ、意外ですね。優等生でお嬢様育ちの凛先輩は有機栽培された野菜しか食べないとかグルメなイメージがありましたよ」
「食生活は皆と変わらないわ。肉や魚もバランスよく食さないと体力が持たないわよ」
前世がお姫様で今は優等生のお嬢様と言う経歴なら、たしかに食事は拘っていそうである。
転生後に初めて時雨と凛が出会って、放課後にファミレスで食事をしているので特に拘りはないのだろう。
テーブルに注文した品が並べられると、紅葉の前には生姜焼き定食にご飯が山盛りになっている。
「結構な量がありますね」
華奢な時雨にとって山盛りのご飯を見ているだけでお腹が一杯になりそうな錯覚に陥る。
前世は今より食べる量は多かったが、それでも平均的な成人男性より食は細かった。
「時雨、それで足りるのか?」
「これだけで私は十分ですよ」
小皿の野菜サラダを摘みながら、サーモングリルに舌鼓を打つ時雨を紅葉は心配そうに声を掛ける。
凛と紅葉は一見すると、美人で育ちの良いお嬢様であるが、二人の前に並べられた唐揚げ定食と生姜焼き定食を美味しそうに頬張る姿はまるで無邪気な子供のようだ。
「うーん……時雨は女子力ありそうな食事だけど、あの二人はまるで部活帰りの男子中学生みたいね」
加奈が注文した麻婆豆腐より凛と紅葉の食べっぷりに圧倒される。
二人共、剣道部のエースを張っている実力者なので体力作りは心得ている筈だ。
(いい笑顔だなぁ)
時雨は凛と紅葉の様子を眺めていると、それに気付いた凛は自分の箸で唐揚げを掴んで時雨に分けた。
「唐揚げあげるから、時雨のサーモングリルを少し分けてもらってもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
時雨は快く快諾すると、紅葉も自分の生姜焼きを交換材料にして強請った。
「私もいいかな?」
「構いませんよ」
サーモングリルが唐揚げと生姜焼きに変化していくと、加奈も自分の麻婆豆腐を交換材料に提供する。
「サーモングリルもーらい」
時雨の許可を待たずにサーモングリルを口に運ぶと、とろみのある麻婆豆腐を唐揚げと生姜焼きの上からぶっかける。
いつの間にか時雨のサーモングリルは皿から消えて、代わりに三品が混ざり合って我が強い香りを放つ結果となってしまった。