第109話 凛と加奈
「休日なのに学校の制服なの?」
「学校に提出する書類があったから、制服で移動してたのさ」
凛と紅葉が並んで会話をしている後ろで、加奈は小声で時雨に話しかける。
「昨日は私や香があんたとお姫様のデートを邪魔したから、お詫びにお姫様と引き合わせて私は早々と退散するつもりだったのに」
どうやら、昨日の事を気にして場を取り繕ってくれたらしい。
時雨と凛を引き合わせたら、加奈は用事ができたと適当にその場から去って自然な形でデートの続きを再開させるつもりだったようだ。
「そんな気を遣わなくていいよ」
「あんたはいいでしょうけど、お姫様は二人っきりで楽しみたかった筈よ。それを尻の弱そうな女騎士様を連れて来るなんて……」
目論見が外れると、加奈は肩を落としてしまう。
一応、加奈と香にも紅葉の正体を告げてある。
紅葉には加奈と香について正体は明かしてないが、加奈については伏せておこうと思う。
(正体を知ったら、竹刀で追い回しそうだからなぁ)
国の治安を守ってきた女騎士と盗賊団の首領だったダークエルフは対極の存在だからだ。
「誰の尻が弱いんだ?」
前方から紅葉が後ろを振り返ると、どうやら加奈の声が一部漏れて聞こえていたらしい。
「あー……時雨は尻が緩そうだなぁって話してたんですよ」
「えっ、そうなのか?」
加奈は咄嗟に時雨を出汁にすると、時雨は苦笑いしながら頷いてみせた。
「それが本当なら、ちゃんと病院で診察を受けた方がいいぞ」
誤解された挙句、妙な心配をされてしまった。
時雨は加奈を睨むと、そっぽを向いて口笛を吹きながら我関せずと言った感じだ。
「まあまあ、お尻の事は置いといて本屋に立ち寄ってもいいかしら?」
「ええ、いいですよ」
凛が可笑しそうに笑うと、すぐ目の前にある大きな書店を指差した。
時雨は特に異論はなく、紅葉と加奈も賛成に回ると書店へ入る事になった。
「少し見たい雑誌があるので、各々別れて後ほど店の入口で合流しましょう」
加奈が思い立ったように提案すると、時雨と凛を二人っきりにさせるための策を弄する。
「紅葉先輩に似合いそうな可愛い服が載っている雑誌があるんですよ」
「そうなのか。じゃあ、少し拝見してみようか」
加奈が巧みに紅葉を誘導すると、時雨に軽くウインクして後は二人で上手くやれよと言わんばかりに奥の雑誌コーナーへ姿を消して行った。
時雨と凛の二人っきりになると、時雨の傍に寄って腕を掴んでみせた。
「尻の弱そうな女騎士様か」
「あっ、聞こえていたんですか」
「こう見えても私は地獄耳よ。あのダークエルフの子も面白い例えをするわね」
「えっ……どうしてそれを?」
「昨日、時雨が弟君と一緒にいる間に本人から聞いたわ。私と時雨には申し訳ない事をしたと頭を床に着けて謝ってくれた。黙っていれば一生判らなかったのに、それでも打ち明けてくれた彼女を見て凄い勇気がある子だなと思ったの。もし私が彼女の立場なら、距離を置いて関わらないようにしていたかもしれない」
「私も加奈と同じ立場なら、真実を心の中に閉まったままにしていたかもしれません」
凛が加奈の正体を知っていたのは驚いたが、時雨と香がいない間にそんなやり取りがあったのかとさらに驚いた。
普段はおどけた性格の加奈だが、彼女が悔い改めて真剣に過去と向き合っている。
凛も加奈が行なった前世の所業を許すと、一つ条件を課したようだ。
時雨達とこれからも友人関係を築いて欲しいと――。
「そう言う事だから、私は彼女を責めたりしないわ。時雨は彼女を許せない?」
「いえ、凛先輩がそのようなお考えなら私はそれ以上何も申しません」
時雨が首を横に振ると、凛は微笑んでみせた。
二人は店内のエスカレーターに乗って移動すると、凛は納得していない事があった。
「一つ気になっているのが、どうして彼女は紅葉の尻が弱いと思ったのかしら?」
「それは……多分、加奈の直感ですよ」
苦し紛れに答えると、その意味を理解している時雨は曖昧な表情を浮かべる。
(あのダークエルフめ……)
後で文句の一つでも言ってやろうと時雨は心の中で呟いた。