第106話 好きなところ
普段は香と自然に手を繋いで歩いていたが、今は初恋だった人と肩を並べている。
「あのさ……君は具体的に私のどこが好きなんだ?」
紅葉は顔を赤くして照れながら自分のどこが好きなのか訊ねる。
「剣を極めようとするストイックな姿勢は誠実で、それに見合う強さも兼ね備えた素晴らしい人ですよ」
時雨は思い付く限り、最大の賛辞を紅葉に送る。
嘘偽りはないし、時雨が抱いていた気持ちを紅葉は素直に受け取ると物足りない表情で訴えかける。
「内面を褒めてくれるのは嬉しいが、その……容姿とかはどうなんだ?」
「勿論、剣を握ればどんな敵も薙ぎ倒す姿はカッコいいですが、素敵な笑顔が似合う可愛らしい女性だと思います」
「可愛いだなんて……そんな風に言ってくれる人は初めてだ。大抵の人間は私を恐がってしまうのに、君はお世辞が上手いな」
「お世辞じゃありませんよ。私は本当の事しか言ってません」
時雨がきっぱり言い切ると、紅葉は照れ隠しに時雨の背中を軽く叩いて両手で顔を隠してしまう。
(うぶな女の子みたいだな)
よろけた体勢から紅葉の様子を観察すると、違った彼女の側面が見られて可愛らしいと時雨は思う。
風紀委員の堅物で剣術に秀でた怖い人と女子生徒達の一部は噂するが、表面だけでは紅葉が述べたように恐いイメージしか湧いてこないだろう。
「もっと楽しそうに笑って女子生徒達に接すれば、良い印象になると思いますよ。紅葉先輩は凛先輩に負けず劣らずの美人なんですからね」
「ふむ、凛は王族のお姫様だっただけに民の人心を掴むのが得意な子だからな」
「紅葉先輩も貴族のお嬢様だったんですから、条件はあまり変わらないですよ」
時雨は呆れて突っ込むと、可笑しくなって笑ってしまった。
「こら、そこは笑うところじゃないだろ。全く……君って奴は」
頬を膨らませて反論すると、紅葉も釣られて笑みがこぼれた。
「逆に、私の好きなところがありましたら教えて下さいよ」
「うーん、そうだな」
今度は時雨が訊ねると、紅葉は腕を組んで考え込む。
心臓の鼓動が聞こえそうな勢いで、どんな返答が返ってくるか心の準備をしていると――。
「内緒。知りたければ、もっと私を夢中にさせるのだな」
紅葉は指を唇に当てると、意地悪そうな笑みを浮かべて内緒のポーズを取る。
「そんな事言わずに教えて下さいよぉ」
「ふふっ、頑張りなさい」
二人は仲睦まじい姿で横断歩道を渡ると、駅前のファミレスに入って行った。
誤字・脱字の修正をしました。
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