第104話 証明
前のめりになって興奮する時雨に紅葉は驚いてしまった。
「お……落ち着け。先程も言ったが罪悪感から申し出たのなら、君が責任を感じる必要はない。それに周りがこちらを見ている」
周囲の客が時雨の声に反応して視線が集中する。
それに構わず、時雨は食い下がる。
「私の気持ちは変わりません。どうかお願いします」
昔から自分を慕ってくれる優しい青年だと言うのは分かっていたが、自分の恋愛についてここまで親身になって考えてくれるとは紅葉にとって予想外だった。
紅葉は鞄を背負って席を立つと、場所を変えようと提案する。
「とりあえず、店を出て二人っきりで話せる場所に移動しよう」
「分かりました」
時雨は素直に従うと、会計を済ませて店を出る。
学校の近くにある小さな公園まで足を運ぶと、誰もいない公園のベンチに二人は腰を下ろした。
「ここならいいか。練習台になって友達から始める件だが、断らせてもらうよ」
紅葉が結論を出すと、時雨は俯いたまま納得した言葉を漏らす。
「……そうですね。私みたいな人間と先輩では分不相応でしたね」
考えてみれば、平民の貧乏人だった時雨と貴族令嬢だった紅葉とは住む世界が違った。
それは転生後も同じで、普通の女子高生である時雨と剣道部と風紀委員を兼任して活躍する紅葉では練習台に立候補するのも敷居が高いような気がした。
「そうじゃない! 練習台として買って出てくれる君の気持ちは嬉しい。でも、こう言うのお互いその気で臨まないと駄目な気がする。練習と分かって君と付き合ったら、不誠実な気持ちで君を傷付けてしまうかもしれない」
紅葉は時雨のひたむきな気持ちに甘え過ぎて、知らぬ内に時雨の心を蝕むのが怖かった。
自分が蒔いた種に後輩であり、教え子にそこまでしてもらうのはどうしても踏み切れなかった。
時雨は俯いた顔を上げて紅葉に笑顔を向ける。
「私……告白しますね。前世から紅葉先輩の事が好きでした。あなたの傍で剣を振るっている時や食事を共にした時も……私はあなたに夢中でした」
時雨は胸の奥に閉まっていた気持ちを紅葉に伝える。
伝える機会はもうないだろうと諦めていたが、本人を前にして言い切った時雨は長年の後悔を清算する。
「なっ!? 君が……私をそんな風に思っているなんて知らなかった」
「紅葉先輩、剣の腕は一流ですが、恋愛は二流どころか三流ですからね。こうして面と向かって言わないと気付かない鈍い人なんですから」
紅葉は一歩身を引いて驚くと、時雨は上機嫌で答える。
「これなら、紅葉先輩と付き合っても問題ないですよね」
「まてまて、君の事だから上手く話を合わせているだけかもしれない。君は妙に気を遣って上司を煽てたりできる世渡り上手だからな」
「疑うのですか?」
「ああ、違うと言うなら証明してみせろ」
現実を受け入れられない紅葉は苦し紛れに抵抗を試みる。
すると、時雨は紅葉に顔を近付けて彼女の唇にキスをする。
そのまま紅葉を抱き締める体制に移ると、身体を押し倒して夢中になって舌を入れていく。
紅葉は抵抗どころか、時雨が本気なのだとなすがままに受け止めて、彼女も時雨と同様にキスの余韻に浸る。