第103話 恋人役
注文したアップルパイのセットとパンケーキがテーブルに並べられると、紅葉はパンケーキを一口頬張って適切なアドバイスを時雨に求める。
まずは肝心な部分を確認する。
「そもそも、紅葉先輩は女性と付き合うのはアリなんですか?」
「正直言うと分からん。君のお姉さんから頂いた漫画や同人誌とやらはとても興味深いと思った。特に女性同士や男性同士の恋愛は読み物として楽しむには十分だったが、いざ自分がその立場になると、腰が引けてしまうのだ」
元々、女性同士の恋愛経験がなかった紅葉が悩むのは分からなくもないが、彼女の場合は過去の結婚生活が尾を引いているのもあって恋愛に一歩踏み出せないでいる。
時雨も人の恋愛に首を突っ込む程、経験豊富でもないし未経験者である。
「私はシャ……香ちゃんとは幼馴染でお互いに古くからの付き合いもあって仲良くしています。いきなり恋愛から始めるのはハードルが高いでしょうから、お友達から付き合い始めて段階的なステップを踏んで恋愛対象に持っていくのはいかがですか?」
時雨は思わずシャインと言いそうになった言葉を呑み込むと、自身の体験と解決策を提案してみせる。
「なるほど、一旦恋愛は保留にして、お互い友達から付き合う事で距離を詰めていくのか。やはり、この手の相談は若い君に頼って正解だったな」
「紅葉先輩も若いじゃないですか。無事に後輩の子と仲良くなれるといいですね」
前世の初恋相手に恋愛相談されるのは複雑な心境であるが、彼女の幸せに繋がるのなら素直に応援したいと時雨は思う。
紅葉も納得して、時雨は一安心すると紅茶の香りを楽しむ。
「よし! じゃあ、その旨を早速彼女に伝えるとしよう」
「えっ、今からですか」
「善は急げと言うだろう? 私にとって即決即断は戦の必勝法さ」
紅葉は鞄からスマホを取り出すと、迷う事なく後輩の女子生徒に電話を掛ける。
メールで想いを伝えてからでも遅くはないと言おうとしたが、すでに会話が始まっていた。
こうなっては見守る事しかできないが、時雨に教えられた通りに友達からの付き合いを提案する。
「いや、そうじゃない。君を遠回しに振っているつもりはないし、きちんと手順を踏んでだな……」
電話の様子だと、雲行きが怪しく難航しているようだ。
(大丈夫かな)
時雨は心配そうにしばらく眺めていると、「分かった、休日中にすまなかったな」と紅葉は落ち込んだ声で電話を切った。
「あの……ごめんなさい。私のアドバイスで紅葉先輩に辛い思いをさせてしまって」
すぐさま頭を下げて謝罪すると、申し訳ない気持ちで一杯だった。
こんな事なら、いい加減な提案をしなければよかったと後悔してしまう。
「いや、君は悪くない。私が攻め手を間違えてしまったのが原因だ。気分を悪くさせてしまって謝るのはこちらの方だよ」
紅葉は首を横に振ると、自分が蒔いた種だと付け加えて時雨に優しい言葉を投げ掛ける。
口では平静を装っているが、これでは恋愛に対してさらに臆病になってしまう。
「あの……私がなります」
時雨は遠慮がちに申し出ると、小さく手を上げてみせた。
「なるって、何になるんだ?」
紅葉が首を傾げると、時雨は意を決して新たな提案を持ち掛ける。
「私が練習台になって紅葉先輩とお友達から付き合います!」