第100話 お兄ちゃんはムッツリさん
湯気が立っている一般的な浴槽の中に、女子高生が二人並んで入るには少々窮屈な広さだ。
でも、今回はその窮屈さが二人にとって思い出に浸るには良い環境だと言える。
「暖かくて気持ちいいね」
「こうして二人でいると、街の郊外にある川から水を汲んで薪で火を焚いた木桶のお風呂に入ったのを思い出さないか?」
「うん、憶えているよ。あの当時は今みたいなお風呂は王族や貴族の人しか使えなかったし、僕達は露天風呂みたいに外でお風呂に入るのが当たり前だったね」
二人は過去を振り返ると、簡単にボタン一つで沸かせるお風呂と違って兄弟で分担してお風呂を沸かす準備をしたものだ。
苦労はしたけど、その分二人で入ったお風呂は格別で、そこから眺める夜空も星が綺麗だった。
香は水面に映る自分の姿を見ながら、しおらしく振る舞うと時雨に一つお願いをする。
「あのさ……お兄ちゃん。また一緒にお風呂に入ってもいいかな?」
「ああ、いいよ。そのかわり、今度の中間テストで赤点教科がなかったらな」
「えっー!? そんな意地悪言わないでよぉ」
「くっく、冗談だよ。でも、テストは頑張らないといけないよ」
「むー、お兄ちゃんの意地悪!? でも、そんなお兄ちゃんが大好き!?」
香が嬉しそうに飛び付くと、浴槽のお湯が水飛沫となって派手に飛び散る。
時雨の顔に柔らかい感触の弾力が視界を遮ると、それが香の胸であるのは瞬時に理解できた。
ジタバタして慌てると、胸に圧迫されながらも、かろうじて口許は動かす事ができた。
「こら……少し離れろ!? 胸が顔に当たっている」
「んー、よく聞こえないなぁ? 私にはお兄ちゃんがこのままでいて欲しいって聞こえるから、このままでいる」
先程のお返しと言わんばかりに、香は体勢を維持したまま意地悪な笑みを浮かべる。
時雨は必死に引き離そうとするが、全く身動きが取れず、お風呂のお湯に浸かって体温は高くなっているのに、恥ずかしさから全身の体温がさらに上昇しそうな勢いだ。
「二人共、騒がしいけど大丈夫?」
心配になった柚子が様子を見に風呂場の扉を開けると、最悪なタイミングで誤解を与え兼ねない状況が目に飛び込んだ。
妹が幼馴染の胸に押し当てられている図を凝視すると、柚子はそっと扉を閉じて何も言わずに去ってしまった。
「お姉ちゃん! そこにいるなら少し手を貸して助けて」
時雨の悲痛な叫びは柚子に届かず、しばらく視界が暗い状態が続いた。
お風呂から上がって、二人は寝巻に着替えると時雨の自室でくつろいでいた。
「あんな真似はもう二度と御免だよ」
「えっー、嬉しかったくせに。お兄ちゃんはムッツリさんだね」
時雨はそれとなく注意すると、香は団扇を扇いで涼みながら反省の色が見えない様子だ。
団扇を置いて欠伸をすると、香の眠気は最高潮に達したのか、そのまま寝息を立てて眠ってしまった。
(やれやれだ)
すぐ近くのベッドに移して毛布を掛けて寝かせてあげると、床に布団を敷いて部屋の電気を消す。
窓辺から差し込む月明かりを頼りに香を眺めると「お休み」の一言を述べた。