第10話 嫉妬
時雨は胸の高鳴りが収まらずに、香の顔に手を添える。
「香……少し変だよ。お願いだから、少し落ち着こう」
「私と一緒に寝るのは嫌なのか?」
「そうじゃないよ。今の香はいつもの香じゃないし、何か悩みがあるなら私が聞いてあげるから、一緒に解決の糸口を見つけよう」
香の目をじっと見据えながら言葉を選んで説得すると、時雨の気持ちが通じたのか、香はベッドから離れてその場で力なく座り込んだ。
時雨は香の隣に座って、彼女の頭を優しく撫でながら事情を訊ねた。
「香は昔から感情を内に秘めて我慢しちゃう子だから、鈍感な私は気付くのがいつも遅れたりして申し訳なく思っているよ」
「時雨は何も悪くないよ……悪いのは私さ。昨日は桐山先輩と一緒に帰った時雨は次の日にデートしていた。私に今日は出かけていたのかと訊ねられた時に時雨は楽しそうに答えてくれた。私も時雨の事は大好きだし、桐山先輩に時雨を取られてしまうと嫉妬してしまった」
香は泣きじゃくって本音を喋ると、時雨は香の背中を擦りながら彼女の言葉に耳を傾けていた。
「私は凛先輩と今日は普通に遊んでいただけだよ」
「本当に?」
「本当だよ。私が香に嘘を付いたことはある?」
「うん……そうだね」
嫉妬してしまう程、時雨を想ってくれている気持ちに嬉しい反面、複雑な胸中である。
凛が帰り際で頬にキスしてくれた事は伏せて、香を騙して負い目を感じるが、凛の真意は時雨も理解できていないので余計な事を耳に入れさせるのは誤解を招いてしまう。
「ちょっと小腹が空いたね。私が夕飯を作るから、一緒に食べよう」
「……私も手伝う。時雨を困らせてごめんね」
「私は大丈夫だよ。香の好きなものを作ってあげるから、何が食べたい?」
「カレーライスが食べたいな。あまり辛くないのがいい」
「じゃあ、台所で一緒に作ろう」
時雨は香に手を差し伸べると、二人は台所が食卓へ移動すると冷蔵庫の中を確認してカレーライスを作る作業に取り掛かった。
「冷蔵庫の中はほとんど空だね。野菜や肉を買いに行って来るよ」
冷蔵庫はほとんど食材が入っておらず、これには参ってしまった。
時雨は近所のスーパーで食材の買い出しに行こうとすると、香も付き合ってくれた。
「私も時雨と一緒に行くよ。いいだろ?」
「勿論、カレーライスの他にも何か総菜でも買って食卓に並べよう」
二人は玄関先を出ると、いつも通りの他愛ない会話を楽しみながら、スーパーへ足を運んだ。