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旅立ちと旅立ち

ハイポーションの補充や、服の着替えなどを済ますために城に一度戻った。

フードの人の名はジュナイド・ヴァルだった。ジュナイドは突発的な人型の魔物の自然発生と討伐について報告をする為に騎師団とギルド長を収集して、情報の共有を行うらしい。

俺は一旦、ボロボロになった装備を新調する為に王宮の離れにある自身の寝床へ向かった。


廊下を歩いていると曲がり角でクランマ・エルと鉢合わせした


『ヘクティス様!!』


俺に気付くなり、クランマは思い切り抱きしめてくる。13歳にしては膨よかな胸が顔面を包む。

自分の(うぶ)さに抵抗するかのように力付くで身体からだを離す。


『クランマ。離れてくれ。』


血汚れや泥、汗で身体中汚れている。あまり近づいて欲しくなかった。

水浴びをする機会はなくハイポーションが洗い湯の代わりので、碌に垢も落とせていない。


『もう1ヶ月も過ぎているんですよ。ヘクティス様何も言わずに行ってしまうから心配で…。』


『…ありがとう。』


心配されていることが嬉しくもあり、なんだか少し(わずらわ)しかった。

真っ直ぐな優しさに対して素直になれない。

近しい関係になればなるほど、幻滅させてしまう時の反応が重いのを知っている。

その時に傷付くのは自分だと知っている。

期待や評価に応えられない時の絶望感を知っている。


結局は自分を信じ切れていなだけなのだろうか。


怖い。あの時の辛さを味わうのが怖い。


『クランマ僕のことは心配しなくていいから。』


自分の価値を下げておこうと親しい相手に対して昔よくやっていた処世術しょせいじゅつを思い出す。

ギリギリと胸が締め付けられるのを感じる。 相手の立場になった時に自分が言われたくない事を言う。

顔も感情も雰囲気も崩さず。内面を殺して自分の矮小な殻からを守る。


『ぐすん…わ、わだ…し…ヘクティス…様の事が…本当にしんっ…ぱいで…。』


『え…?』


反応を返すつもりなんてなかった。見向きもせずに置いていけば、後は勝手に離れていくから。

その筈だったのに面を喰らってしまった。

大きな口を開けて年相応に盛大に泣いているのを見てしまった。

給仕係の見習いとして7歳で王宮に来た時にはよく同じように泣いていた。

失敗しては怒られ、大口を開けて泣いてた。

最近は泣きそうになっても、口を結んで耐えていて、成長したなと感じていたけれど、久しぶりに見てしった。


13歳なんだ。


13歳の俺はまだ何も知らなかった。クランマは大人に囲まれて働いている。それが無理をしていないわけなかった。


『…ごめん。クランマ。』


『ぢっ・・・がうぅ・・・・。』


余計に大きな声で泣き出すクランマは鼻水と涙で顔が凄いことになっていて、何故か笑ってしまった。

なんだろう。凄い暖かな気持ちになってくる。父性(ふせい)を刺激されているのだろうか。

こんな人間は17年間の人生の中で一人もいなかった。

感情にあまりにも素直な小さな女の子を気分が悪いからと八つ当たりで泣かした甲斐性なしはどうすればいいだろうか。


『ごめんよ。心配してくれてありがとう。』


胸の前で握りしめている両手を片方ずつ指で解いてその手をしっかり握りしめて目を見て言う。

真摯な気持ちを素直にぶつけるくらいしか知らなかった。


クランマはそれでようやく涙を止める。

変わってない。俺を召喚してくれた人がよくしてくれた手を握って目を見て話す行為は心が伝わるような気がして俺の中にしっかり残ってる。

そういえばよく、泣いてるクランマを励ます時にも同じようにしていた。


クランマが泣かなくなって、しなくなったけれど。


『最近…冷たいから嫌われたかと思って…でも良かったです。ヘクティス様はヘクティス様でした。』


『クランマもクランマだった。』


言葉のやり取りで急に恥ずかしくなって手を離した。


クランマは給仕服のポケットから白のハンカチを出すと不器用に目元を拭う。

見兼ねてハンカチを取り拭ってやる。優しく押して離すを繰り返す。

摩擦はお肌の敵だからとあれほど言っておいたのに。


『摩擦は肌の敵だからな?前から言ってるだろ…涙は…拭けたな。』


ハンカチを返すと両手でハンカチごと握りしめて来る。


『ヘクティス様の手は優しくて大好きです。』


好意を向けられるのが怖かった。それは期待であり、羨望であり、理想であると思ったから。何か1つでも損なえば、裏切り者へと変えられてしまうから。


信用が崩れる日はいつかきっと来るのだろう。

人間関係なんて呆気なく崩れるから。

でもその日まで素直な自分で入れればいいなと思えていた。


ーーーーーーーーーーー


装備を一式新調し、ズタボロになったレザーの冒険装備を焼却炉に処分してくれとクランマに頼んだ。

左腕の小手もエビルタイガーの牙と顎で割れてしまった。剣の反動を緩和させる手袋も擦り切れてしまっている。

過ぎてしまえば、一瞬の様な1ヶ月だった。

大半が意識を失っていて、あまり覚えてない。

恐らく時間の半分は寝たきりだった。


ジュナイドが言うには無駄についた筋肉を落とすのに丁度いいと言うことらしかったが、肉と骨に斬り込んでくる鉄の感触の異物感は当分記憶から離れない。


会合が終わる迄に緩衝手袋を買っておこうと自室を出る。

今ままでは宮殿から必要な物は全て用意してもらえていた。装備も手袋も模擬剣も、生活環境も。

頼めば大抵の物は手に入る。


『恵まれすぎだな…。』


子供だから当たり前に庇護を受けられるという前世の甘ったれた心境がにじみ出ているようで、いやになる。

環境のせいにしていた自分がいるが、毒親であっとしても衣食住はしっかりと整えられていたのだ。

そう思い当たってしまうと、前世の憎しみと挫折と絶望が記憶として褪せていってる気がした。


心傷となって、(くすぶ)っている感情が落ち着いしまっていることに不安を感じる。

この世界で俺の行動原理として支えになってた感情が消えてしまったら、聖剣を握るにたる存在へと努力を重ねる日々を手放してしまいそうで恐怖を感じる。


自問自答を繰り返しながら、城門に着く。

王宮を一人で出たのは5年ぶりだった。

王宮を囲むように建物が広がっているこの国の事を何も知らない。

ただ剣を振っていた。それさえやっていればいいと思っていたから。


気持ちが前世の記憶を探り起こす前に顔を上げて気持ちを切り替える。


目指すは鍛冶屋。

金貨は王宮から毎回支給されていたのを使わなかったためかなりあり、手袋を買うのには申し分ない。

それとついでにクランマへのプレゼントを何か買おう。

ジュナイドが戻ってきたら次の修行にどれだけかかるかわからない。

 贈り物なんて考えたこともなかった。

身の回りの世話を何年もしてもらっている。心配もしてくれてる。なのに、そんな事一度も思いついた事なかった。

俺の根本が本質がそういうものなのだろう。

自分の事で精一杯で自己中心的な、上部だけを取り繕う偽善者で…前世で自殺したのも俺のせいとしか言えない。


装備店が建ち並ぶ商業区の方へと賑わう人混みの間を避けながら鍛冶屋へと向かう道。


『ヘクティス。』


急に呼ばれた名前に反応して、振り向くと、ランガとジュナイドがフードを被った小さい子を連れて歩いてくる。

子供はジュナイドと同じくらい深くフードを被っていて、顔が見えない。

ジュナイドに握られた手に引き摺られるように弱々しく歩いている。


『ランガさん、ジュナイド、会合はもういいのですか?』


ジュナイドの方をみてランガの目が鋭く一瞬細められる。


フードで見えてないはずなのに、ジュナイドは掠れた声で少しだけ笑い声を漏らす。


『そんなに、睨まないでくれよ。』


『に、睨んでなどない。』


『あんなに可愛がっている、ヘクティスに未だに距離を置かれてるからってお前は。』


ジュナイドがこんなに親しそうに話すなんて、思わなかった。

いきなり剣で子供の体を切り裂くような一面を知っている身としては、とても羨ましかった。

二人の会話は対等な人間のやりとりだったから。恐らくランガとジュナイドはどちらかが上でどちらかが下という事ない。


俺がよくやってしまっていた、自分よりも成績の低い相手を見下すような人間性は持っていないのだろう。


『悪かったよランガ。無視するほど怒らなくてもいいだろうに。なぁ、ヘクティス?』


『ははは…。』


咄嗟に空気感を壊さないために見繕った笑顔の口から乾いた笑い声が溢れる。

嫉妬という負の感情が湧いてきて抑えるのに理性を総動員している余裕のない心が浮き彫りになるのを感じる。

自分だけが別の世界にいるような疎外感に言葉がしどろもどろしてしまう。

勝手に感じる居場所の悪さ。距離を置くことでしか安心出来ない未熟な神経。


『そ、それでその子はどうしたんですか?』

歯切りれの悪い受け答えにならないように無理やりに声音をあげた。


何かを悟られる前に記憶の泥沼から這い出し、その場を凍りつかせしまう雰囲気を変えようと、話題を変えるため。


『この子はただの孤児(みなしご)だよ……嗚呼、そうだった。私は王の勅命で遠征に出なければ行けなくった。明日の日の出と共に同盟国のドルトへ向かわなければならない。長い遠征になるが、ヘクティスも一緒に連れて行くように御達しが出ている。』


『直接指定されているのですか…。』

何故急に。


『詳しいことは宿で話す。用事が済んだらここに来てくれ。』


ジュナイドは自身の肌を外に晒すことを嫌っている。袖から出た手には恐らく肘までのびている黒の薄い手袋がしてあり、予め用意していたのかその手の上には4つに折りたたまれた紙が握られていた。

手渡された紙を広げると簡易的な地図が示されていた。

宮殿から歓楽街へと降りて行く道があり、居酒屋や食べ物やが立ち並ぶ通りの中央辺りに食式是空(しょくしきぜくう)と言う名の店があるらしく、その店の手前を曲がると細い通路のところに星の休息と言う名の宿屋がありそこに星マークがついある。店の名前などが達筆で書かれていて、ジュナイドの性格をよく表しているようだった。


『急な話ですまない。』


掠れた声は弱弱しく発声されると哀愁が漂う。憐憫(れんびん)な声音として聞こえ、自分の方が申し訳ないと何もないのに思ってしまう。


『それは…全然大丈夫ですが・・・。』


理由が速く聞きたかったが、宿で話すと言うのだから、此処では話せないことなのだろう。ただの孤児と言う言葉も大分含みがあった。


『では用事を済ませ次第、そちらに向かいます。ジュナイド、ランガさん、失礼します。』


『またなヘクティス。』


『ヘクティスまた。』


胸騒ぎを抑えつつ。速く買い物を済ませようと人混みを掻き分けて行く。

剣を振り続けてきただけだが、王も俺に興味はないようだった。けれど居場所は与えられていた。

その関係が崩れようとしているようで謂れのない不安が少しずつ(あぶく)のように顔を出す。

誰かに愛想をつかされた時のような失望された時のような恐怖がまた胸の内に湧き出したのを抑えられない。

初めから、ジュナイドがどこへ行こうとついて行くと自分で決めていたが、王からの命令で同伴するということは追い出されたような印象を受けた。

気になる。

速くジュナイドの宿屋に行こうと気持ちが焦り出す。


可動域を邪魔しない簡易なエビルタイガーの牙を加工した籠手を買い、上の空のまま店を出る。

 露店でクランマに似合うと思った細かい葉のデザインが繊細に施されたブレスレットだけはしっかりと選んで買い、一旦王城に戻る。

自室に帰宅し、一度も開けたことがなかったが、埃一つなく綺麗に掃除された棚の中にブレスレットとグランマへの感謝を書いた手紙をしまった。

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