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昼下がりの勉強

 あくる日の昼下がり、ラインツとグレタは食卓で勉強をしていた。


「あなたの名前は何ですか? どちらに住んでいますか?」


「私の名前はラインツェールトです。ヴェスティア帝国のシュリーツベルク領、シルタッハの村の北方に住んでいます」


 よくできました、とグレタがほめる。


「では、ヴェスティア帝国はどのような国で、誰が治めていますか? 他国との関係性も含めて答えなさい」


「……えーっと、今から三百二十年前、軍事力の強いスナベル国に対抗するため四つの領地の長が結託し、統一された大きな連合国です。ランベール領のカール様が初代帝王で、現在十七代目のアルドリッヒ様が統治されています。国土の……七割が山で覆われており……肥沃な大地に、恵まれている。農作物の輸出が盛んで経済力もある」


 よっしゃ、完璧! 発音できた!

 ラインツは心の中でガッツポーズした。


「はい、まずは良かった点から。内容は合ってます。国王陛下の名前も正確な発音が出来てました。次に残念だった点。後半に差し掛かって言葉遣いが()()()()になっています。……言葉は通じるけど、ちゃんと文法を覚えておいたほうが今後のためになる」


「わかりました。……あの、あやふやってどこですか?」

 少しでもわからないことはすぐに聞く。


「途中から敬語でなくなっているのと、一部冠詞が間違っていました。"農作物"は女名詞です」


「あっ……、ああもう、一般名詞は五種類もあるから何にどれ付けるか覚えられないよ……」


  ラインツは鉛筆代わりの細く尖らせた木炭で、ノートに書き込みながらぼやいた。


「右名詞、女名詞、中名詞、男名詞、左名詞。ほとんどの単語がこのどれかに当てはまるのだから、きっとすぐに覚えられるよ」


「よく言うよ、俺はグレタのように頭が良いわけじゃないんだぞ……」



  ラインツが歩けるようになる前から、グレタはこうして言葉を丁寧に教えている。


 ある程度意思の疎通ができるようになると、ラインツは自分が突然別の世界から来た者だと、ジェスチャーを交えて説明した。

 グレタは彼が別の世界から来た者だとすぐに理解し、不自由しないように生きる上で必要な知識や常識を毎日教えた。

 語学から始まり日常的なマナーや経済、歴史など多岐に渡りラインツの頭に叩き込んだ。また、座学だけに留まらず、家事や家畜の世話、山の歩き方や、果ては人間関係の付き合い方まであらゆる学びを教授した。


 そうして知り得た知識は彼にとって確実に役立っていった。


 しかし、ラインツが転移当初に思い描いていた、魔法やギルド、勇者、ドラゴンやエルフといった空想上の生き物を表す言葉は存在しなかった。いや、実際にいないのかもしれない。


 では、この世界は地球の過去なのでは、という疑問もラインツの頭に浮かんだが、他ならぬグレタがこの異世界と地球のある世界は別であると証明した。世界と世界を繋ぐ儀式が昔存在していたという文献があるのだと。もちろん、そんなお伽話のようなことを信じられるのかと、ラインツは食って掛かって聞き返してしてしまった。


 グレタは真剣に答えた。


 転移したときの状況、また、この世界における知識が一切ないことや、まるで夢の中でずっと生きてきたかのような別世界の常識や言語を持っていた様子から、しばらく考えあぐねていた。

 書斎に籠ったかと思えば、目にも止まらぬ速さで様々な国の書物を読み漁り、やがて確信を持った彼女は、はっきりと肯定の言葉を口にしたのだった。

 もちろん、ラインツも彼女を本当に疑っているわけではない。黄緑色の太陽なんて地球ではありえない話だ。


「それで。そこまで聞くということは、ラインツは元いた世界に帰りたいの? それとも帰りたくないの?」


 赤い目を合わせられて、まるで心の中を見透かされている気がしてぎくっとした。


「いや、そういうわけじゃないけど……。むしろ死ぬまでずっとここにいたいよ」


「なら、この世界の住民になってしまえばいい。もう戻らない過去を思い出しても前に進めないのだから。今のあなたはラインツェールトだよ」


 そうだ、恭兵という名はもう捨てたんだ。そう自分に言い聞かせて、左目があった場所を撫でた。

 あの日の朝、交わした言葉を何度も噛み締めてラインツは今日も生きている。



 都市からだいぶ離れた田舎の村で、大抵の者が自国の王の名前すら聞いたこともないのに、なぜこれだけの情報を持っているのか甚だ謎である。

 ちなみに、ラインツ達の住んでいる村に名前はない。隣の村、北の村、といった感じに人々は呼んでいる。村役場によると、クララの住んでいる隣村、シルタッハとひとくくりにされている。


 この世界は、電気や蒸気機関車が発明される以前の古い時代の地球のような文明を築いている、とラインツは想定している。

  スマホはおろか電化製品などなく、夜は蝋燭の火か、行灯のような照明道具しかない。なにより彼が一番驚いたのは、情報の少なさである。


 ラインツが始めてこの世界の地図を目にしたとき、子どもの落書きかと疑った。

 ベニヤのような薄い板に、一筆書の丸みを帯びた輪郭線。

 まるで日本史の教科書に載っていた、伊能忠敬が日本地図を作る以前の江戸時代に普及したと伝えられるひどく大雑把な地図のように、方角はおろか、おおよその尺度も計れないものだった。


 思わずもっと詳しいものはないのかと訊ねると、もしこれよりも正確なものが市場に出回れば、それは便利になることが予測されるが、同時に敵国心を持つ者の手に渡ったとき非常にリスクの高いものとなる、とグレタは断言した。

 他国や反政府組織から侵略を受ける場合に弱点を突かれる可能性が出る。我々は生活に必要なぶんだけ分かっていれば問題ないのだと。


 そのくせ自分は書斎をまるごと本棚にしているほどたくさん本を持っているので、グレタに問いただすと、「人に言えない取引をしたのよ」と笑顔で言われ、ラインツはそれ以上聞けなくなってしまったのである。



しばらく会話形式で復習をしていたが、一区切りがつくと、彼女はゆっくり椅子から立ち上がった。


「そろそろ今週ぶんの薬草を採集しに行こっか。準備するからラインツは書くものも一緒に持ってきてね」


 そう言って、本と食卓の上を片付けを始めた。

地名とかは後で変わる可能性があります。即席でつけたので・・・。

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