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ラインツの最初の朝

書き溜めがなくなってゆく・・・

「わたしはグレーテル、"グレタ"と呼んで

 そして、あなたはラインツェールト、"ラインツ"よ


 今日からあなたはの名前はラインツ」


 家畜の鳴き声とともに起きる。

 最初の朝の夢を見ていた。何年経とうともあの日のことは今でも鮮明に覚えている。一生忘れない、いや忘れられない。

 この世界で生きる希望が生まれた、少年がラインツとなった始まりの朝。






 熱い。痛い。気持ち悪い。全身が燃えるように熱い。燃え滾る体を水の中に放り込みたい。目も喉も頭も、腕も足も、 すべてが痛い。鼻から息を吸うも肺が苦しくて思うようにいかない。


 こわい。助けてほしい。


 夢の中で奴らはゲラゲラ笑って蹴ってくる。どのタイミングで蹴られるかわからなくて、ひたすら謝った。

 ここがどこなのか、どれくらい時間経ったのか、体はどうなっているのか、夢と現実の区別がつかない。

 …………俺はあとどれだけ生きられるのだろう。





 手足の感覚と、あと口が動かせるようになった。呼吸がスムーズにできるのがこんなにも嬉しいことだなんて、以前は想像すらしなかった。

 顔に包帯が巻いてあるせいで何も見えないが、どうやら誰かの家の中らしい。長い間寝たきりで、筋肉がなくなって上半身を起こすのも手伝ってもらわなければ出来ない状態だ。

そう、この家には人が住んでいる。俺を看病するときに声を掛けてくれるからすぐわかった。盗賊に弄ばれてた俺を救ってくれた彼女だ。


 早く彼女の顔が見たい。





 一人で飯が食えるようになった。目が見えなくても、手で触って物の位置と感触がわかる。見えないぶん、色んなものをさわった。 ベットや枕、ひんやりした窓、木目調の床、ドアの取っ手、そして彼女の顔 。やわらかくてふわふわで、温かくて涙と鼻水が止まらなかった。


 リハビリを薦められて、部屋の中を歩く練習を始めた。膝が震えて常にへっぴり腰の俺を、彼女は優しくさすってくれる。なぜこんなに優しいんだろう。

 時折家に、誰かが訪ねてくる。その人は、俺の服や包帯を届けに来てくれるようだ。怖くて部屋から出られない俺に、窓からそっと声を掛けてくれる。おじさんは彼女の親戚か何かかなあ。


 この世界の言葉は聞いたことのないイントネーションで、発音が難しい。日常会話すら何度かゆっくり言ってもらわないと理解できない。

 一回一回日本語に訳していては、遅すぎる。


 だから、日本語を使うのをやめた。野田恭兵(のだきょうへい)という名前も捨てた。

 彼女から言葉というのを一から教えてもらい、学ぶことにした。


「欠けた体は元に戻らない。けれど、心はどれだけ傷付いたとしても何度でもやり直せる。君は決して一人ではないのだから」

 彼女の言葉はとても優しく、そして(したた)かだった。







「ヨハネさんももう大丈夫って言ってるし、さあ、包帯を外しましょう」


 朝起きて、着替えようと服に手をかけたところでいきなり部屋に入ってきた彼女はそう言った。

 ハサミをチャキチャキ音をたてて、迫ってくる。


「でもやっぱり怖い。それに目が見えなくても生活できるし……」

「いつまで駄々こねてるのよ、わたしの顔が見たいんじゃなかったの?」

「うっ、そうだけど……、」


 足がベットの縁に当たり、もう後ろへ下がれない。


「もうー、わたしだってあなたの顔が見たい……! わたしはまだ一度もあなたの目を見たことないのよ」


 俺の頬をそっと撫でながら、彼女は恥ずかしそうに呟いた。

 一瞬クラっときたなんて、そんなはずは、


「………………わかった。外す。外します……!」

「ほんと! 嬉しい!!」


 彼女の匂いが、ああ、近い、近すぎる……!



 包帯にハサミを入れた。少しずつほどかれて、世界と俺自身を隔てていた境界の殻が破れてゆく。


「今の明るさに慣れたらゆっくり右目を開いて」


 雨戸を閉めきっているはずなのに右まぶたの裏が眩しい。震える体を両腕を掴んで抑える。最初は薄く、瞬きを繰り返しながら恐る恐る右目を開けた。

 左目は真っ暗のまま微動だにしない。


「う、……ああっ」


 白くぼやけた視界の焦点が定まってくる。それは待ち焦がれた煌めき。

 磨かれた宝石のように輝く、緩やかな赤毛と真っ赤な瞳。


 幸せそうに微笑む彼女はこう言った。


「実はね、この日のために贈り物を用意してたの」

「贈り物?」


 もうすでに貰いすぎてるというのに……


「まだ、わたしの名前を言ってなかったでしょう。わたしの生まれ故郷では、名前で呼び合うのは特別な意味を持つの。だからあなたの名前も教えます。」


 ベットに上がった彼女は雨戸を両手でゆっくり開けた。朝日が部屋の中に入ってくる。


「わたしはグレーテル、"グレタ"と呼んで。

 そして、あなたはラインツェールト、"ラインツ"よ

 今日からあなたはの名前はラインツ


 ラインツ、わたしラインツの瞳が好きよ」


 朝日に照らされたグレタはとても美しかった。キラキラ光る髪が彼女を包みこみ、まぶしいのに目が離せない。


「俺も、グレタの、綺麗な瞳が大好き……」


 グレタは目を丸くして、何度か瞬きをしたあと白い頬を色付かせて笑った。

 ぐ、ぐあああ!!

 この顔は破壊力ありすぎる!! 可愛いにも程がある!

 女の子ってこんなに可愛いんだ……!


「グレタ、名前をくれてありがとう。今日から俺はラインツだ」


 記念すべき一日の始まり。


 この先何があっても、二人でなら大丈夫。

 そう勝手に信じてた。




 数年後、再び悪夢が訪れるとも知れずに──

主人公改名しました!恭兵という名前は後に使われるので覚えておいていただけると幸いです。 これからじわじわと異世界要素出していきます。


19/2/21 挿絵入れました。

7/15 改稿しました。

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