CARD8
◇
「……土曜日か。幸せだ」
目覚ましにたたき起こされることなく、自然と目が覚めた八時半。
入学、そしてなし崩し的にトレカ部に入部してからから、一週間が経った。ただでさえ慣れない学校生活に加えて、放課後には毎日部活。長めの春休みの後ということもあって、もう金曜の時点でくたくただった。
だから今日は家から一歩も出ないと決めていた。
「よし、有意義にだらけるぞ」
部屋から出て洗面所へいきひとまず顔だけ洗ってリビングへ向う。
「おはよう」
そこには妹の姿があった。
「めずらしいな。結衣がこの時間に家にいるなんて」
妹の結は幼い頃からフィギュアスケートをやっている。実は、国際大会でも優勝経験がある、かなりの実両区を持ったスケーターで、スケートファンの間ではそれなりに有名な存在なのだ。
結衣の生活は基本的にスケート漬け。毎日日の出よりはやくスケートリンクに向かい、夜遅くに帰ってくる。練習がお休みなのは元旦だけ、というほど厳しい。
「練習休みなの?」
自分でもそんなわけはないと思いながら聞くと、答えはやはりNOだった。
「いや、今日は名古屋に行くから」
普段は千葉のリンクで練習しているが、時々、ジャンプの指導をしてもらうために名古屋に練習に行く(ちなみに名古屋は一流選手を多く輩出している、日本屈指のスケート県だ)。
「もうすぐ行くの?」
「あと五分くらいしたら行く」
「がんばりなはれ」
俺は棚からクロワッサンを取り出して食卓に着く。
「ところで、お兄ちゃん、何部に入るの」
突然妹がそんなことを聞いてきた。
一瞬、まだ決めていない、とごまかそうかと思った。
いずれどこかで言わなければいけないことだ。
ならさきにさらっと言ってしまったほうがいいいだろう。
「たぶんトレカ部」
俺がそう言うと、妹は怪訝な顔をした。
「なにそれ。トレカって。あのトレカ? 昔やってたやつ?」
その言葉の裏には、言うまでもなくカードゲームは子供がやる遊びだろうという、非難が込められている。
「一応競技中心の部なんだけどね」
「競技ってなによ。遊びじゃないの」
「プロもいるくらいメジャーな競技なんだよ」
「へぇ」
「練習週六回だからな」
俺がちょっと反抗心を持ってそういうと、
「練習って。大げさな」
妹は率直で、しかし世間的にはまったくもって正しい言葉で返してきた。
まぁ、確かに。カードゲームをすることを、練習と呼ぶのは、一般人からしたらハテナだろう。
ちなみにカードゲーマーも、練習という言葉はあまり使わない。アーツプレーヤーが練習といった場合、かなり限定的な意味になる。選択肢が多く、使うのが難しいデッキを、一人でシュミレーションすることを指す。
一方、デュエルの練習することを“調整する”ということが多かったり。
「先輩は結構一所懸命やってるんだよ」
「ゲームを一所懸命やるって、変なの」
まぁ妹のお言葉はごもっともだ。
「あ、わたしそろそろいくわ」
「あいよ」
「いってきまーす」
「がんばれ」
妹が出かけると、家は静寂に包まれた。
部屋に戻り、再びベッドに倒れこむ。さて、久しぶりの休日をどう過ごそうか。
と、携帯のバイブ音が部屋に響いた。
メッセージが届く。差出人はギャル子だった。
――今日、暇?
いったいなんだ。
まさか「今日暇?」「うん暇」「そうなんだ」と、暇かどうかを単に確認したいわけではなかろう。いかにも日本語的な聞き方。「暇?」という質問は基本的に「今日、一緒にどこかに行きませんか」というお誘いなはずなのだ。。
でも解せない。女が男を誘う。これはいわゆるデート、というやつに当たるのではないか
こいつ、俺のこと好きだったの? 一瞬そんなことを思うが、理性がすぐに否定する。
そもそも、俺あまりギャルは好きじゃない。どうせデートするなら桜木先輩がいい。
それに、俺は今日家にいると決めたのだ。
――暇だけど
と打ってから、
――荷物届くから家にいないといけない
と続ける。
完璧な言い訳だと思った。
だが、それは裏目に出た。
――暇なのは暇なのね
――じゃああたしが優輝の家にいくから
俺は目を疑った。
ギャル子が、俺の部屋に来る?
妄想が頭の中を駆け巡る。女の子が、男の部屋に来てやることなんて、一つしないじゃないか。
幸い?、家族は外出している。これが高校生デビューというやつか。そのときは突然やってくるのか。
――っていうか、俺んち知ってるの?
――先輩が教えてくれた
確かに先週、入部希望届に住所を書いた。
――じゃ、二十分後に行くから
確か、ギャル子の家は以外と近くにある。駅でいうと一駅分。
――まじで来るの
俺が聞くと、そのメッセージは既読にはならなかった。
俺は覚悟を決めて、まず隠すものを隠すことにした。そしてシャワーに入り私服に着換えた。




