CARD5
「せっかく優輝君がいるし、勝負してみようか」
そういって先輩はギャル子にデッキを差し出す。
「えーいきなりですか!」
「大丈夫。私が隣で教えるから」
一般的に、TCGでは好きなカードで集めてデッキと呼ばれるカードの束を作り、そこからカードを引いて戦う。
「優輝くん、【アリス】なら使えるよね」
【アリス】デッキは俺がかつて使っていたデッキだ。<カードの国のアリス>によるワン・ショットキルを目指すデッキ。
「はい、どうぞ」
デッキを受け取る。四十枚のカードの束。久々にデッキを手にした瞬間、まるで長いことあっていなかった親戚に出会ったような気持ちになった。
「学生一の【アリスワンキル】使いである優輝くんには、雑な構築かもしれないけど」
“構築”とはデッキ中身のことだ。
「最近の環境はあまり理解していないですが、よく練られていると思いますよ」
「ありがとう」
知らないカードも何枚かあったが、どれもこのデッキで生きてきそうなカードだ。
「それから、晴夏ちゃんにはこっち」
ギャル子に手渡されたのは【ゴブリン】。ゲーム初期からある中堅デッキ――だったが、つい先日発売された新弾で登場したカードで強化されて、一躍環境トップに躍り出た今を時めくデッキだ。
そのイラストを見たギャル子「キモかわいいー」という感想を漏らす。
まずゴブリンのイラストは可愛くない。
そして、ゴブリンの強さはもっと可愛くない。
「アーツではデッキの枚数は四十枚から六十枚。この枚数の間なら、好きなカードを組み合わせて作れるけど、同じカードはデッキに三枚までしかいれられない。あと、強力なカードは使うことが禁止されていたり、デッキに入れられる枚数が一枚か、二枚と決められているものもあるの」
ここまではTCGとしてはかなり一般的なルールだが、アーツには他のTCGにはない二つの特徴がある。
一つ目が、サーヴァントカードの存在。
「サーヴァントはプレーヤーの分身なの。基本的に相手のサーヴァントを先に倒したほうが勝ちになるわけ」
サーヴァントは現在五十程度ある。自身が高い戦闘力を持っていたり、あるいは“モンスター”カードを強化する能力を持っていたり、それぞれが様々な特徴を持っていて、デッキ構築の核となる。
「次に、ゲーム開始時の手札なんだけど、アーツでは最初の手札五枚のうち二枚は自分が好きなカードを選ぶことができるの。この二枚をスタハンっていうのね」
これがアーツの二つ目の特徴だ。スタハン2枚を自由に選ぶことができるので、他のTCGでいう手札事故(最初の手札が、弱いカードだけ、あるいはどうしようもない組み合わせになってしまうこと)がない。
「で、スタハン二枚に加えて、シャッフルしたデッキからカードを三枚引いてゲームスタート」
先輩がギャル子にスタハンを支持し、その後デッキをシャッフルして三枚カードを引き足す。
「このゲームでの攻撃の方法は三つあるの」
サーヴァント自身の攻撃。
“召喚カード”カード使って呼び出したクリーチャーの攻撃。
アーツカードを使った魔法攻撃。
「この三つを使って、相手のサーヴァントのライフをゼロにしたほうが勝ち、ってのが基本ルール。でも、中には特殊な勝利条件をみたすことで、相手のライフをゼロにしなくても勝てるデッキもあったりするんだけどね」
今は気にしないで、と付け加えて、先輩はギャル子に指示を出す。
「それじゃぁ、手札のこれを使ってみようか」
先輩がギャル子の手札の一枚を指出す。そのカードは当然――
「えっと、<ゴブリンの角笛吹き>を発動」
新弾で登場して一躍【ゴブリン】をトップデッキに押し上げた強力カードだ。
<ゴブリンの角笛吹き>サモンカード
このカードは、デッキから手札に加えることはできない。
一ターンに一度、デッキから<ゴブリン>と名の付くカードを1枚手札に加える。
このカードによって、【ゴブリン】デッキは毎ターン、ノーコストでアドバンテージを稼ぐことができる。
将棋で例えるなら、何もしてないのに、自分の番になったら持ち駒が一つ増える、みたいな効果だ。
「デッキから加えるのはこのカード」
先輩がデッキから取り出したカード。
<ゴブリンの召喚士>サモンカード
ここカードの召喚時に発動する。デッキから<ゴブリン>と名の付いたサモンカードを1枚選択して詠唱する。
【ゴブリン】デッキの圧倒的な強さを支えるもう一枚のカード。
<角笛吹き>で<召喚士>をサーチして、<召喚士>でさらに追加召喚する。<角笛吹き>一枚から二枚ものゴブリンを召喚できるのだ。これは単純に毎ターン相手より二枚多くカードをプレイできるということ。
「晴夏ちゃん、これとこれを伏せて、ターン終了にしようか」
さぁ、俺のターン。実に二年ぶりのドローだ。
「ドロー。俺はカードを二枚詠唱。セブンスターカウンターを一つ貯めてターン終了」
【アリス】デッキは、セブンスターカウンターを七つ貯めることで発動できる一撃必殺の攻撃<ヴォーパル・セブンスターズ>の発動を目指す。
いかにして相手の攻撃をうまく防ぐかが勝敗を分けるカギになる。
「じゃぁ晴夏ちゃん、次は」
ギャル子は基本的に先輩から指示を受けながらプレイしていく。
「<ゴブリンの先遣部隊召喚>」
「俺はカードを二枚伏せてターン終了」
「先輩、詠唱と発動は何が違うんですか?」
「詠唱ってのは、裏向きのまま場にカードを出すこと。発動はカードの効果が発揮されること」
アーツでは、カードによって、場に出し(詠唱)から、効果が発揮(発動)できるようになるまでの時間が異なる。詠唱してか発動できるまでの時間を“詠唱時間”と呼ぶが、基本的には詠唱時間が長いほど強力な効果を発揮できる。
「こっちのカードは詠唱時間が短いでしょ。だから攻撃力もたいしたことない。でも、こっちのカードは詠唱が長い。だから攻撃力も強い」
「なるほど。じゃぁ先にこっちを出してみます」
今度はギャル子は自信の意志で手札からカードを選んで詠唱した。
デュエル中盤からはギャル子もだんだん要領がわかってきたようだ。【ゴブリン】デッキは、基本的に召喚して殴る、というシンプルな【ビードダウン】デッキだから、初心者でもかなり扱いやすい。
「<ゴブリンの先遣部隊>を出します」
基本的に【ゴブリン】デッキは序盤から中盤に攻める速攻デッキだ。だが一方で長期戦にも強い。
普通の速攻デッキは、スピードがある代わりに、後半息切れしてしまうものだが、【ゴブリン】は永続的にアドバンテージを獲得できるので、その心配がない。
【ゴブリン】デッキを【ゴブリン】以外のデッキで相手にするにはきわめて難しい。
それから数ターン、俺は相手の猛攻を受け流して、ひたすら<セブンスター>カウンターを貯めていった。
だが、どんどん展開されるゴブリン相手に対応が追い付かない。あと一体、ゴブリンが加わったらそれでゲームエンド――
「<ゴブリンの騎兵>を詠唱」
「それに対して<破滅的終結>を発動」
<破滅的終結>
相手がモンスター召喚したときに発動できる。フィールド上の全てのモンスターを破壊する。
「えー。なにそれ反則じゃーん」
「一方的に攻撃してればいい、ってもんでもないんだよ。反撃のカードはいくらでもあるの。だから相手の反撃まで読んだ上で、それを超えていかないと勝てないんだよ」
「……いろいろ考えなきゃいけなくて大変ですね」
TCGは確かに遊びだ。でも、それはババ抜きとか人生ゲームとか、そういった類のものではない。その知性の攻防は、ゲーム前から始まり、ゲーム中も気は抜けない。ゲーム前もゲーム中も、常に変化する状況を読んでいかなければいけないのだ。
「まぁ、まずはよく使われるカードにどんなものがあるか、覚えていくところから始めよう。基本的には、警戒するカードは限られてるから」
「はい、がんばります!」




