CARD36
◇
開会式が行われた後、すぐにトーナメント表が配信される。俺は真っ先に貴文がいるブロックを確認する。
桜華院の名前はは俺たち幕張南の隣の隣にあった。お互いに勝ち進めば、三回戦で当たることになる。
――命拾いした。
基本的にトーナメントでは、予選が終了した時点でデッキのカードを五枚まで入れ替えることができる。
関東大会は全部で四回戦。つまり、一回戦と二回戦が予選トーナメント、三回戦と四回戦が決勝トーナメントということになる。だから、貴文と戦う前に、もう一度デッキ構築を見直すことができるのだ。
あと半日の間になんとか突破口を見つければいい。
といっても、まずは目の前の二試合を勝たなければいけない。敵は貴文だけではない。ここには、県大会を勝ち進んできた猛者たちが集まっているのだから。
一回戦の相手は、東京の強豪チーム目白高校だ。リーダーの三島は、関東一の【ゴブリン】使いと称される有名プレーヤー。【ゴブリン】を使わせたら右に出るものはいない。この【ゴブリン】環境で、まさに水を得た魚だ。
「相手、三島さんじゃん」
どうやら姉ヶ崎も、三島が有名プレーヤーだと知っているようだ。いや、あるいは、アーツを始めて僅か二ヶ月の彼女でさえ知っているという事実が三島の強さを表していると言うべきか。
「それでは、一回戦を始めてください」
ルーレットで対戦順が決定する。
先鋒が俺、中堅が先輩、大将が姉ヶ崎。
一方、目白高校は三島が大将。
これは正直ラッキーだ。オレと先輩で手堅く二勝できれば、最強のゴブリン使いと戦わずして一回戦突破になる。
「それじゃ、まずは勝ってきてます」
「頑張って!」
「ファイトッ!」
先輩と姉ヶ崎に見送られて、席に着く。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ダイスで先行を得る。だが、初めにカードを発動するのは相手だ。
「<酒場>を発動します」
これで俺が召喚をするたびに、相手はアドを稼いでいく。だが、そんなことは気にせず、通常通りの展開をする。俗に言う“ツッパ”だ。
「<ゴブリンの角笛吹き>を詠唱。<ゴブリンの召喚士>をサーチ。そのまま詠唱」
さらにカードをセットしてターンを渡す。そして相手がドローした瞬間、俺も<酒場>を詠唱する。
「<ゴブリンの角笛吹き>を詠唱――」
相手も俺とまったく同じ展開をしてくる。その初動を見る限り、デッキそのものはポピュラーな構築らしい。ゴブリンマスターの三島なら、実は俺が気がついていない独創的なデッキ構築を考案しているのではと思ったが、杞憂だったらしい。
もちろん県代表だけあって相手のプレイングは洗練されている。決して気は抜けない。
お互いミスなく、デュエルは一進一退で進む。
「<ゴブリンの精鋭部隊>を詠唱」
「それに対して<破壊的集結>を発動」
構築も互角、プレイングも互角、となれば、最後の最後は運だ。そして、運は少しだけ俺に傾いた。完璧なカーブで展開し、クロックを積み上げていく。その差は僅かで、けれども決定的だった。相手は後手後手に周り、そして手札を使い切り、打つ手がなくなる。
「負けました」
まずは一勝。
デッキを片付けて、後ろで立ち上がっていた二人とハイタッチ。
「先輩、後は頼みます」
「うん。まかせて」
幸先がいい。あとは先輩が順当に勝てば、三島と戦わずして二回戦に進める。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
俺が一戦目に勝ったので、先行・後攻を決める権利は相手に与えられる。もちろん相手は先行を選んだ。
「ドロー」
「<酒場>を詠唱」
「<角笛吹き>を詠唱。効果で<召喚士>をサーチ、詠唱。効果で<騎兵>を詠唱。カードを伏せてターン終了」
「ドロー」
「<酒場>発動」
「<角笛吹き>を詠唱。効果、<召喚士>サーチ」
お互いまったく動き。まさにミラーマッチ。序盤はお互い定石通り安定してゴブリンを展開していく。
「<ゴブリンの精鋭部隊>詠唱。<騎兵>で攻撃。カードを伏せてターン終了」
「<騎兵>を詠唱。<精鋭部隊>で攻撃。二枚カードを伏せてターン終了」
「<騎兵>で攻撃。<精鋭部隊>を詠唱でターン終了」
「<ガストオブウインド>発動。<精鋭部隊>で攻撃」
だが、中盤、先輩がミスを犯した。
「<騎兵>を詠唱」
先輩のフィールドに三枚の<ゴブリン>が並ぶ。だが、その瞬間に相手が伏せていたカードを開く。
「<破壊的集結>発動」
<破滅的終結>
相手がモンスターを召喚したときに発動できる。フィールド上の全てのモンスターを破壊する。
強力なリセットカード。これで先輩は全てのモンスターを一挙に失ってしまう。カードアドの損失は問題ないが、テンポアドを失ってしまったのが大きい。
これで流れは完全に向こうのものだ。
「<騎兵>、<突撃兵>、<精鋭部隊>詠唱」
相手は畳み掛けるように<ゴブリン>を呼び出す。それに対して、先輩は防戦を強いられる。
そして、さらにミスを犯す。相手のモンスターを一掃すべく自分のモンスターで相打ち覚悟の攻撃をしかけていくが、計算を間違えて一体が無駄死にに終わってしまう。
いったいどうしたんだ。
確かに、TCGにおいてプレイミスは命取りだ。だが一方で、どんなに練習を重ねたプレーヤーでもミスはしてしまう。大事なのは、ミスをしてもその後のプレイに集中することだ。
だが先輩はこの試合で、二つ目の大きなミスを犯してしまった。デッキパワーや実力に大きな差があるなら別だが、全国クラスのプレーヤー相手のミラーマッチで、この二度目のミスは命取りだ。
当然――先にライフが無くなったのは先輩。
終わった。そう呟きそうになった。でも、すんでのところで、飲み込んだ。
まだ試合は終わっていないから。言葉にすると、すごくポジティブに聞こえるが、そうじゃない。姉ヶ崎が三島に勝てる可能性を、全否定したら、チームメイトとしてダメだって、ただそれだけ。
三島は関東最強のプレーヤーの一人だ。しかも、彼が最も得意とする【ゴブリン】環境での戦い。正直、俺でも勝てる自信はない。いわんやデュエルを初めてたった二ヶ月の姉ヶ崎が勝てるはずもない。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
姉ヶ崎の先行で勝負がスタートする。
「<酒場>発動」
「<ゴブリンの角笛吹き>発動。<ゴブリンの召喚士>をサーチ。そのまま詠唱。<騎兵>を詠唱してターン終了」
「ドロー」
「<酒場>発動」
「<角笛吹き>詠唱して<召喚士>をサーチ、詠唱。カードを伏せてターン終了」
お互い<酒場><角笛吹き><召喚士>と、定石道理の展開。だが、理想通りの動きをする姉ヶ崎に対し、三島はやや鈍足だった。どうやら手札があまりよくないらしい。【ゴブリン】は基本的にかなり安定した動きができるデッキだが、カードゲームである以上、事故がゼロになることはない。
姉ヶ崎がより早く多くのゴブリンを展開する。
もしかしたら……姉ヶ崎が勝つかもしれない。
このターン召還アーツを通せば、次の自分のターンで決着がつく。
だが気になるのは、一ターン目からずっと伏せられたままになっている伏せカードだ。
相手が展開できていないということは、逆に言えば相手はカウンターのアーツカードを引いている可能性が高い。
おそらく、あのカードは<破滅的終結>。三島は姉ヶ崎がさらに追撃を狙ってきたところで発動して、再起不能に陥らせるつもりだろう。これを踏んでしまうと、一気に形勢が逆転する。
あの伏せカードがある限り、迂闊には追加の召喚ができない。
「俺はターン終了」
三島のターンが終わり、姉ヶ崎のドロー。
――よし!!
彼女が引き当てたカードを見て、俺は心の中で思わずガッツポーズした。姉ヶ崎が引き当てたカードは<ガストの一撃>。
<ガストの一撃>
詠唱中のカードを一枚選択して破壊する。
このカードで三島の伏せカードを無力化できる。そうすれば総攻撃を仕掛けてゲームセットだ。
今日の姉ヶ崎には運が味方している。
あの姉ヶ崎が、あの関東最強クラスの三島に勝つ――俺は叫びたくなった。
だが、姉ヶ崎は驚くべき行動に出た。
「<ゴブリンの精鋭部隊>を召喚」
「ば、」
そこまで言いかけて、なんとか飲み込んだ。
終わった――三島が<破壊的終結>を発動して、姉ヶ崎のゴブリンは全滅だ。走馬灯のように、この後の展開、姉ヶ崎が負けるまでの様子が頭の中を駆け巡った。
これで俺たちの戦いは終わったのだ。白河貴文と戦わずして、俺たちは再び敗北する。
「……あれ?」
だが、三島は動かなかった。
どういうことだ。なぜ<破壊的集結>を発動しない? まさか、あれはブラフだったのか。
そのまま姉ヶ崎が攻撃を続けていく。三島はなす術がない。
「負けました」
あの三島が、ゲームを始めて間もない姉ヶ崎に敗れたのだ。
立ち上がって振り返った姉ヶ崎に、桜木先輩が勢いよく抱き着いた。
「すごいよ晴夏ちゃん!」
「先輩! あたし勝ちました!!」
勝利の喜びを共有するよりも、デュエルの疑問を一刻も早く解消したくて、俺は姉ヶ崎に尋ねた。
「どうして<ガストの一撃>を使わなかったんだ?」
すると、姉ヶ崎は少しはにかんで、
「あの人の対戦、動画サイトで全部見たんだよね。で、あの人が昔<連鎖爆撃>を好んで使ってから、そっちの可能性に賭けてみたんだ」
すると後ろで三島が頭を抱えて「まじかぁ。読まれてたのか」と言った。彼のチームメイトが、三島がフィールドに伏せたカードを裏返す。なんと、そのカードは<連鎖爆撃>だった。
「晴夏ちゃんすごい!」
確かに、運にも味方された。でも、あれは間違いなく彼女自身が自分の力でつかんだ勝利だったのだ。
「ようやく……勝ててよかったです」
と、プレッシャーからの解放感と、初勝利の実感とが急に押し寄せてきたのか、目に涙を浮かべる姉ヶ崎。
「ごめんなさい。今まで負けっぱなしだったから」
考えてみれば、これが姉ヶ崎の公式戦初勝利なのだ。
「晴夏ちゃんのおかげで、あたしたちは勝てたんだよ。ありがとう」
「せんぱーい」
姉ヶ崎は泣きながら先輩にもう一度抱きつく。
何はともあれ、これで、なんとか二回戦進出。貴文と戦う前に敗北するという最悪の事態だけは免れた。
だが、その勝利を喜んだのも、つかの間だった。
「よし、次も勝っちゃうよ!」
先輩がそう宣言した、次の瞬間だった。先輩はバランスを崩して、机に手をつく。振動で置かれていたデッキが崩れた。
「先輩!?」
そして気が付いた。先輩の顔は、普段よりずっと赤かった。
「大丈夫ですか!」
今朝から妙に元気がなかったのは、寝れなかったからなんかじゃないのだ。
「先輩、もしかして熱あるんじゃ」
姉ヶ崎が先輩の額に手を当てる。
「うわ、先輩! 熱ありますよ!」
それなら、デュエルでミスを連発したのもうなずける。
「大丈夫」
先輩はそう言うが、きっとデュエルできるような状態じゃない。
一切ミスの許されないハイレベルな死闘を戦い抜くのは、今の先輩には不可能。だが、一方で先輩抜きで勝つのは厳しい。二回戦の相手も、県大会を勝ち抜いてきた有名プレーヤーたちだ。本気で日本一を目指して戦ってきた彼らに、俺と姉ヶ崎の二人で戦いを挑むのは無謀すぎる。
このままでは、幕張への夢は破れてしまう。
どうすればいい――
「いや、」
まてよ。
そうだ。
「先輩、一試合だけ、休んでてください」
「そんなわけには」
先輩は懸命にそう言う。
「三回戦は桜華院です。次の試合には先輩が必要なんです。一試合だけでいいんです。次の試合、俺たちは必ず勝ちます」
そういうと、姉ヶ崎も両手のこぶしを握り締めて言う。
「安心してください、先輩。あたし、次も勝ってきます!」
「でも――」
「一試合だけです。俺に、妙案があるんです。絶対勝てます」
しばらくの沈黙。そして、先輩は目を閉じて「わかった」と頷いた。
「姉ヶ崎、先輩を保健室に連れて行ってあげて」
ひとまず先輩を納得させることはできた。
だが、状況はあまりにも厳しい。このままだと、オレと姉ヶ崎、どちらも負けることはできない。いくら三島に勝ったといっても、姉ヶ崎に必勝を求めるのはあまりに酷だ。
俺の中で結論は出ていた。
――二人だけで勝つのは無理だ。
◇




