CARD31
◇
授業が終わった瞬間、俺は誰よりも早く席を立った。
一刻も早く教室を出ようと出口に向かう――だが、誰かが俺の腕をつかんだ。
近くの席に座っていたギャル子だった。
「ねぇ、優輝」
「何」
「今日は来るよね」
「えっと……」
行く気などなかった。さらさらなかった。
「まあ、あれだよ」
用事がある、そう言おうとしたが。
彼女の小さな手が、俺の腕をガッシリと掴んだ。
「行くよ」
クラスメイトたちはの「何事?」という視線を感じる。そういえば、クラスで俺とギャル子は毎週おうちデートを重ねる中ってことになってるってことを思い出した。
だが、そんなことギャル子は気にせず、俺を引っ張る。その気迫に圧倒されて、手を離せとは言えなかった。それこそ、浮気した彼氏に問いただすみたいな雰囲気を醸し出していた。
あっという間に部室まで来てしまう。
部室には既に先輩がいた。いつも先輩は先に部室にきている。この人より早く来れた試しがない
「お疲れ様です」
一週間ぶりに見た先輩は、やっぱり可愛かった。そう、忘れていた。俺は、この人ことがが好きだったんだ。
「優輝くん!」
練習を休んでたことを怒られるかなと思った。でも違った。
「私昨日デッキ組んだばっかりなんだ。試させてよ!」先輩はそう言ってデッキを突き出す。「結構自信あるんだ」
ほんとに何事もなかったかのようなノリで彼女はそう言った。
俺は少し肩の荷が下りた感じがした。
「どれ見せてください。……確かに<薔薇の契約>、意外と強そうですね」
「環境次第でワンチャンあるでしょ?」
いつものように、プレイについてああだこうだと言い合いならがゲームをする。
「そう考えると、一強環境なら【メタビ】とかも全然アリですね」
「うんうん」
「【メタビ】ってなんですかぁ?」
「環境デッキを徹底的に対策して、動きを縛るデッキだよ。例えば、【ゴブリン】環境なら、サモンカードを妨害するカードとか、サーチを禁ずるカードばかりを積んで、相手にアドをとる動きをさせないんだ」
プレイしていると時間はあっという間に過ぎる。下校のチャイムで、もう五時半だと気が付くのだ。
部室を出て、駅まで歩き、電車に乗っても、先輩の環境分析は続く。
俺たちはいつも通り先輩より先に電車を降りる。
「じゃあね」
先輩は満面の笑みでそう言った。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
ドアが閉まる直前。
「まあ明日、ね」
桜木先輩は俺の目を見てそう言った。
俺は答えられなかった。代わりに曖昧に頷いただけだ。
その後、数分電車に揺られていた。
と、ギャル子が俺の制服の袖を引っ張った。
「ねぇ、この後なんか用事ある?」
このパターン、デートのお誘いでないことはもうよく知っている。
「別に無いけど」
「じゃぁ練習付き合ってよ」
「じゃあうちでいい?」
「いいよ」
駅から十分弱歩く。
「お邪魔します」
「あいよ」
もう、俺の家にギャル子を入れるのも慣れてしまった。
テーブルを挟んで俺はベッド側、ギャル子は反対側に座る。これが定位置だった。
「食べる?」
とギャル子が乾パンの袋を差し出してきた。そろそろお腹が空く時間だったので、俺は無言で袋に手を突っ込んだ。二、三個まとめて口に放り込んでからデッキの準備をする。
練習なので、俺はゴブリン以外のメジャーなデッキを使う。
「あ、このデッキはここで除去っちゃダメだよ」
「え、なんで?」
「だってまだデッキに<活路への希望>が眠ってるかもしれないでしょ。そこを確実に潰さないといけないから」
そして七時頃、やっていたゲームの決着がついて、そろそろお開きにしようという雰囲気になった。
カードをケースにしまいながら、俺は彼女に尋ねた。
「なんでさ、そんな頑張ってんの? もうしばらく試合はないのに」
どんな答えを期待しているのだろう。
「私だけ役に立てなかった」
「そりゃお前は初心者で」
「だからこそだよ。何年もやってる人たちに追い付くために頑張らないと。まだまだ知らないカードや戦術がたくさんあって、自分のデッキがどんな可能性を秘めているのかもわからない。知らなきゃいけないことが途方もなく沢山あるって、それがわかったの」
この子は、本気でアーツに取り組んでいるのだ。たった数ヶ月前に始めたばかりなのに、本気で、日本一を目指しているんだ。
「それにさ」
一呼吸。そして彼女の瞳が俺を見据えた。
「負けたら悔しい。当たり前じゃん」
その言葉は、妙に心に響いた。
「ねぇ」
と、彼女は突然、
「家まで送ってよ」
そんなことを言い出した。
「いいけどさ」
俺はスマホだけ持って、立ち上がった。
家を出て、駅までの道を歩く。
家を出て数分、ギャル子は黙っていた。だが、彼女は突然、思わぬことを言い出した。
「優輝ってさ、先輩のこと好きだったでしょ」
そういえば、前にもそんなことを言われた。
「急になんだよ。大体俺が先輩のこと好きって前提はいつできたんだよ」
「いいから、そういうの。前は好きだった。それは事実でしょ」
俺は返事をする代わりに沈黙を選んだ。
「でさ、今どうなの」
その質問に、俺は考える。そして本音を言う。
「別に、好きじゃないよ」
「そう」
と、突然彼女は立ち止まった。
そして、
「じゃぁさ、あたしと付き合わない?」
何かの聞き間違いかと思った。
「えっと、それって……」
あまりに突然のことで、俺は言葉を失ってしまった。
「あたし、もし優輝が部活辞めちゃっても、いや、辞めてほしないけど、とにかく、一緒にいたい」
「えっと、つまり俺が辞めるかもと思ったから?」
と、姉ヶ崎は小さく頷く。
「優輝とカードやってるとき、本当に楽しいから」
俺はなんていえばいいのかわからず、黙り込んでしまう。本当に何か言わなければいけないって、わかっているのに、なにも言葉が出てこない。それでなんとか出した言葉は
「ごめん、返事。保留にしていいかな。突然のこと過ぎて」
そんな、情けないものだった。でも、それが俺の精一杯だったのだ。
「うんわかった」
と、姉ヶ崎は再び歩き出した。俺もついていこうとするが、
「お見送りありがとう。ここまででいいよ。じゃ、また明日」
「――またね」




