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CARD30

 ◇


「はい、止め。鉛筆置いて」

 県予選から一週間。たった今、高校生になって初めての定期テストが終わり、教室が開放感に包まれてた。

 といっても、今日から放課後の練習が解禁される部活組にとっては、ある意味地獄への逆戻であったりもするのだろう。

 このテスト週間、授業が終わって三時には家に直帰する生活が続いたが、久しぶりに自由な時間を手に入れてみると、その開放感に感動してしまった。

 まぁ当然のように、一週間を開放感に酔いしれて過ごした結果、テストの方は悲惨な結果に終わってしまったのだが。

「いやー終わったーッ!」

 横の席から声高な声が聞こえてくる。おもいっきり背伸びするギャル子。突き出された胸に思わず目が言ってしまう。オレンジ色のブラが少し透けていた。

 ギャル子は俺の視線に気が付き、話しかけてくる。

「どーでしたか、優輝大センセー、テストの方は」

「まぁそこそこだよね」

 そっちはどうなのよと聞き返すと、

「あたしは大爆死だよねー。全然解けなかったー」

 ギャル=バカ。なんとも納得感のある一言だった。

 でも、次の一言は、ギャルには似つかわしくないものだった。

「テスト期間中、ずーっとアーツオンラインに潜ってたからね」

 彼女のアーツに対する意識の高さには驚く。

「でも、やっぱ現実で本物のカード触りながらやるのがいいよね!」

 ついこの間までカードとは縁もゆかりもなかったギャルが、いまでは一端のカードゲーマーになっていた。まさか茶髪のJKが、「カードは紙に限る」なんて。

「よーし、部室行こうか」

 彼女は、いつもどおり言った。放課後部員が部室に行く。そうだ、当たり前のことだ。

 だが、到底部室に行く気になどなれなかった。だから嘘をつくことにした。

「あ、俺はちょっと用事があって」

 怪訝な顔を擦るギャル子。

「え、そうなの」

 当たり前だけど用事なんて無い。さっさと家に帰りたい。ただそれだけだ。

「わるいけど、先輩に伝えといて」

「あ、うん」

 ギャル子を置いて、早々に教室を立ち去る。エレベーターは部活へ向かう生徒たちで混んでいるので、階段を使って下まで降りる。

 駅までの道には、ほとんど人がいなかった。テスト期間は部活がないので、帰路は学生であふれていた。だが、テストが終われば、また部活へ打ち込む日々に戻っていくのだ。

 誰もいない道は、なんだか妙な感じがした。

 と、駅のホームで待っていると、後ろから肩を叩かれる。

「おい、なにサボってんだよ」

 シルバーの髪に、手首にはギラギラ光った腕輪、ついでに足元に目を向けると、靴の先は見事にとんがっていた。

 っていうか、驚くべきはこれで制服姿だということだろう。こんな自己主張の強い不良が、さっきまで俺と同じ学校で授業を受けていたと思うと、なんだか不思議な気持ちになる。

「桜木が悲しむぞ」

「だいたい先輩も部員でしょうが」

「経験者として、注意してるんだよ」

 なんだよそれ。そう思ったけど、もちろん言わなかった。

「サボってるとこみると、桜木にフラれたのか」

「てか、俺桜木先輩のこと好きじゃないんですけど。なんで俺が先輩のことを好きな前提なんですか」

「そういう下手な嘘はやめとけって。あいつと毎日一緒にいて、あいつのこと好きにならないやつなんていねーだろ」

「ってことは、先輩も桜木先輩のこと好きだったんすか」

 はい、論破。と思ったら、先輩は意外と素直に認めてきた。

「まぁ過去の話だよ」

 影山先輩は突然、意外な事実を語りだす。

「俺は小学校からずっと同じ学校だったけど」

 影山先輩と桜木先輩、そんなに昔から知り合いだったのか。

「あいつ、あんなに可愛いのに、今までだれとも付き合ったこと無いんだぜ」

 それは、ある意味では安堵して、でもある意味ではひどく落胆する事実だった。

「それどころか、誰かを好きになったこともない。あいつは、どんなにモテるイケメンにも興味は示さない。でも、強いカードゲーマーには興味を持つ。俺も若かった。だから勘違いしたんだ。きっとコイツは俺のことが好きに違いないって」

「痛いっすね」

「超痛いな。でも、ある時気がついたんだ。コイツが本気で好きなのはカードゲームだけなんだって」

 今までこの人に距離を感じてた。けど、俺と先輩はまったく同じ道を歩いてきたようだ。

「去年は四人部員がいたんですよね」

「ああ」

「他の人はどうしたんすか」

「いろいろあって夏前には辞めたよ」

 ってことは、桜木先輩は、半年間、たった一人だったのか。入学した日、俺のことを待ち望んでいたと言っていたが、その言葉は本当に心の底から出た言葉だったのかもしれない。

「ちなみに、去年はどこまでいったんですか」

「去年は二回戦で“貴文に当たった”」」

 無敗の男白河貴文。大会で彼と当たったものは、全員敗北してきた。そしてプレーヤーは、徐々に“敗北”という言葉を使わなくなった。代わりに生まれたのが“貴文と当たった”という言葉だった。

 彼に負けるのは仕方がない、という共通認識ができたのだ。

「貴文には勝てねーし、桜木とは付き合えねーし。まああそこにいる意味はねーわな」

 正直に言ってしまえば、今の俺には彼の気持ちがよくわかった。

「ま、でもお前が部活に行ったら、あいつも喜ぶんじゃない」

 そうこうしているうちに、電車が来た。

「じゃぁな」

 先輩は俺と反対の電車に乗って、去っていった。


 ◇


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