CARD29
◇
「今日はありがとうね」
先輩は、いつもどおりの満面の笑みでそういった。
だが、その言葉にギャル子はとうとう泣き出してしまう。
俺はそれを黙ってみていた。
「もう~。泣かなくていいよー」
先輩が泣きじゃくるギャル子の頭をなでる。
「二人がいなかったら大会にも出れなかった。ここまでこれたのも二人のおかげ。本当にありがとう」
どうしてだろう。その笑顔はいつものそれと何ら変わらないのに。でも作り物だとわかってしまう。
「私、部室に寄ってから帰るから」
「お疲れ様でした」
「また明日ね」
そういって先輩は部室のほうへ去っていった。
「ギャル子、ちょっと俺腹いてーから、トイレ行って帰るわ」
もちろん、嘘だ。
「じゃあ、また月曜ね」
俺はそのまま、先輩が向かったほうに歩いていく。
誰もいない廊下。
自分でも驚く。本当に冷め切った自分がそこにいた。
そして自分が冷め切っているからこそ、なぜか感情的なものに惹きつけられてしまうのだろうか。そんなことして、いったいなんの得がある。わかってはいたが、でも俺の脚は自然と部室へと向かっていた。
扉の前まで来て、小窓から中を覗く。
予想通りだった。
やっぱり来なきゃよかった。さっきまで満面の笑みを浮かべていた先輩が、机に突っ伏して涙していた。
そして号泣している先輩を見て、俺は最低なことを思ってしまった。自分でも、それがどれだけ最低なことかはわかってる。でも思わずにはいられなかった。
――たかがカードゲームで負けただけじゃないか。
どうして、涙を流せるんだ。
そして、その問の答えは一瞬で出た。
ああ、この人の頭にはカードしか無いんだ。甲子園を目指す球児たちが敗北にむせび泣くのと、まったく同じことなのだ。彼女はアーツこそがなによりも大事だと、言い切ることができるに違いない。
彼女はカードが大好きなんだ――他のことなんて、きっとどうでもいいというくらいに。
感情があふれ出ている先輩を見て、逆に俺は心が冷め切っていくのを感じた。
そのままその場所をゆっくり立ち去る。
虚しく、帰路につく。そして気がつくと地元の駅についていた。そこからもまた一瞬で家に着く。
「ただいま」
いつもなら母親の「ただいま」が聞こえるはずだった。だが、代わりに
「ちょっと優輝! こっちこっち」
そんな母の興奮した声が聞えてきた。少し急ぎ目にリビングに向かうと、母がテレビを指さしていた。
「みてみて!」
見ると、妹がテレビに映っていた。テロップによると、先日行われた大会で、大技を決めたことで注目され、特集が組まれたようだ。
テレビの中で一生懸命練習に励む“次世代のスター”。
「あんたもいい年してカードでなんて遊んでないで、妹見習って実のある事しないよ」
反射的にムッとした。自分がやっていることを馬鹿にされたから。
でも、ほぼ同時に、自分もついさっきまで同じような気持ちを、桜木先輩に対して抱いていたことに気が付いた。
わからなかった。
カードはくだらない。これが世間の評価。
それにムッとする自分。
カードに一生懸命になる先輩やギャル子。
そんな彼女たちを見て冷めてしまった自分。
それぞれ矛盾する気持ちが、俺の中には確実に二つとも存在しているのだ。
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