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CARD3

 ◇


 バンッとひときわ大きな音。扉が叩きつけらるように開かれた音だった。

 凍りつく教室。

 現れたのは、一人の女子生徒。

 可憐な少女だった。スラッとしていて、ひと目でスタイルがいいとわかる。長い濡鴉色の髪が揺れていた。

 その大きな瞳が、まっすぐ前を見つめている――いや。

 彼女と、目が合ってる、気がする。いや気のせいか。彼女とは赤の他人だ。だからそんなわけない。

 だが、次の瞬間、それが勘違いではないと分かった。

「ゆーーーうーーーきくん!」

 透き通った声が教室に響き渡った。凍りついていた教室の時間が動き出し、ザワつきだす。

 ――おいおい、“ゆうき君”って誰だよ。

 誰かが口にしたその言葉は教室の生徒たち全員の言葉を自然と代弁している。

 ごめんなさい、俺です。

 俺がゆうきくんです。

「優輝くん、絶対トレカ部に来てよ!」

 ――トレカ部。

 トレーディングカードゲーム。略してTCG。手に入れたカードでデッキを組んで対戦するゲームだ。アメリカで生まれたゲームだが、今では日本産のものが世界中でプレイされている。

 男の子であれば、小さい頃に誰でもプレーしたことがあるだろう。

 だが、TCGは必ずしも子供の遊びではない。中には、賞金やスポンサー料で生計を立てるプロプレーヤーがいるゲームもある。

 今やTCGは一種のマインドスポーツとして受け入れられているのだ。

 そして自分で言うのも何だが、俺、一ノ瀬優輝は、あるTCGの界隈でちょっとした有名人だったのだ。だからあの少女は、俺のことを知っているのだろう。

「優輝くんが入る部活はトレカ部! ゼッタイ、他に浮気しちゃダメだよ! ゼッタイだよっ!」

 麻薬の啓発かな。

 この場の誰もがポカンとしていているが、少女は意に介していない。ビシっと敬礼して、「じゃ、またあとで!」そう宣言してから、バンッとドアを締め切った。

 数秒の沈黙。この教室の誰も、一体何が起きたのかわからなかったのだ。もちろん俺も含めて。

 突然現れた女の子に、いきなり大声で勧誘を受けた。うん、なるほど。整理してみるとそれだけのことだった。だが、その女の子があまりに美少女だったこと、そしてあまりに一生懸命だったことが、強烈な印象をこのクラスの全員に植え付けたのだ。

 沈黙を破ったのは教師だった。

「えーっと、あの子はね、うん。すごく変わってる子なの」

 引きつった顔で言う。どうやら、あの人は。学校内でそれなりに有名人らしい。

「はい、じゃぁ気を取り直して……」

 教師が強引に流れを引き戻して、「みなさんご入学おめでとうございます」と学校生活の開始を宣言した。

 教師が黒板に自分の名前を書いて簡単な自己紹介をした後、

「じゃぁ、みんなも一人ずつ自己紹介してこうか」

 名前だけじゃ寂しいから、入りたい部活か趣味も教えてね、と教師は付け加える。

 俺は元々人前に出るのが苦手だ。授業中に発言するだけでもちょっと緊張してしまうくらいだ しかも今回は、俺が名前を明かした後教室がどういう空気になるか手に取るようにわかるから、ますます自己紹介したくない。

 だんだん自分の番が近づいてくる。ああ、テロリストがこの教室を襲って自己紹介がなくならないかな。なんて妄想をするも、もちろんそんなことが起きるわけ無く。自分の前の人が自己紹介を終える。俺は意を決して立ち上がった。

「一ノ瀬優輝です」

 予想通り、再びザワつく教室。

 ――あれ、“ゆうき”ってさっきの。

 ――なに、あの子なの?

 ――あの先輩とどういう関係?

 自分の顔が赤くなっているのを感じた。

「なんの部活に入りたいかまだ決めてません。みなさん、どうぞよろしくお願いします」

 俺はそういってすぐに座った。これほどの視線を集めたのは、二年前のあれ以来かもしれない。

 幸い、次の人がすぐに自己紹介を始めてくれた。

「姉ヶ崎晴夏ですー」

 例の乾パンを食べていたギャルだ。

「中学では帰宅部だったので、高校ではなにか部活やりたいと思ってます。よろしくお願いしまーす」

 いちいち語尾を伸ばすのがいらいらする。俺は心の中で彼女に“ギャル子”というあだ名をつけた。もっとも、コイツとは一生関わらないだろうけど。というか関わりたくない。

 一通り自己紹介が終わってた後、入学式のために体育館に向った。体育館は中学生のときよりも遥かに広かったが、それでも全校生徒六千人を収容することはできず、参加するのは新入生と三年生だけだった。

「みなさんご入学おめでとうございます」

 校長のそんな言葉から、恒例の長話が始まり、その後在校生代表・新入生代表の言葉など、一般的なイベントが粛々とこなされていく。

「校歌斉唱、一同、起立」

 合唱部とオーケストラ部のコラボレーションで、校歌が奏でられる。妙にキーが高いその歌は、歌詞を覚えても歌える気がしなかった。

「以上を持ちまして――」

 入学式は終わるが、この後も続けて行事が行われる。

「それでは、入学式に続きまして、部活動紹介を行います」

 それぞれの部員が壇上に上がって、新入生へのアピールを始める。

 マンモス校だけあって、そもそも部活動の数が多い。サッカー部に野球部などメジャーな運動部はもちろん、オーケストラ部なんていうなんかスゴそうな部活、それからCIAなんていうよくわからない名前の部まである(ちなみに値段CIAはコミック、イラスト、アニメーションの略で、要するに漫画研究会のことらしい)。

 いずれの部も、説明に熱が入っている。なんとか新入部員を獲得したいという気持ちが伝わってくる。

 幕張南は公立高校だが、生徒の半分が推薦入試で入学している。彼らの多くは、何かしらの部活動に入ることを条件に入学が許されているのだ。つまり、逆に言えば生徒の半分は既に入る部活が決まっているということになる。

 だから多くの部活が、残りの入部義務がない人たちを、一人でも多く部に引きこもうとしているのだろう。どの部活も、初心者でも大丈夫だということをアピールしている。

 そして、説明も後半に入り、生徒たちの集中力が薄れてきた頃。

 可憐な一人の少女が、裾から出てきた。

「あれ、さっきの人じゃね」

 クラスメイトの誰かが言った。

 確かに、教室に俺を勧誘しにきたあの先輩だ。壇上の中央まで歩いてくる、その光景はまるでファッションショーか何かのようだった。

「トレカ部の、桜木あおいです」

 名女優のように、どうどうとした立ち姿。

「私達トレカ部は、アーツオブサーヴァントというゲームに、真剣に取り組んでいます」

 ――アーツオブサーヴァント。その名前を聞いたのはいったい何時ぶりだろうか。

 数あるTCGの中で、名実ともに世界一のゲーム。

 アーツオブサーヴァント。

 略してアーツ、あるいはAOS。

 数千種類のカードの中から、四十枚のデッキと一枚のサーヴァントカード選んで戦う、戦略性の高いカードゲームだ。今では、マインドスポーツの一種として受け入れられていて、大会の賞金だけで生活するプロプレーヤーもいるほどだ。

 最近では開発したアーツ社が、競技として中・高校生に普及させるために様々な取り組みをしていて、全国の学校で、公認の部活動として認めらている。

「未経験者大歓迎です。勉強できなくても、運動できなくても、誰でも世界を目指せます」

 たかがカードゲームで世界ってなんだよ。そんなツッコミが入ったことだろうう――壇上にいるのが彼女でなければ。

「本気で一緒に世界の舞台を目指したい人、是非部室に来てください」

 いたって真剣な表情で彼女はいった。今までの説明者たちが、競うように笑顔で明るく話していたのと対照的だった。

 たかがカードゲーム、そんなことを彼女は微塵も思っていない。心の底から、アーツの世界で頂点を目指している。それが伝わってくるのだ。

 

 ◇

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