CARD12
◇
月曜日、授業が終わって部室に行くと、桜木先輩は挨拶よりも先にそう宣言した。
「今日はショップのに行きましょう!」
「いきつけのショップとかあるんですか?」
「うん。最近はあんまりだったけど、前は結構よく行ってたとこ」
それにしても、桜木先輩とギャル子の会話は、おしゃれなアパレルショップの話でもしているのかと勘違いしそうになる。もちろん、ショップといってもカードショップの話をしているのだが。
「今日は大会に出ようと思います」
各カードショップで行われる大会は、アーツ社主催の大会や、有志が開催するチャンピオンシップよりも、気軽に参加できる小規模の大会だ。参加者たちもお互いにも顔なじみ同士であることが多い。
「いきなり大会ですか! あたしには無理ですよー」
「大丈夫大丈夫。大会って言っても、小さいやつだから」
最寄りの駅から五分ほど歩いたビルの三階にその店はある。
トレカショップ“猫の手”。県内最大のカードショップだ。アーツのプロプレーヤー音駒店長が開業した、アーツのみを取り扱っている専門店だ。多彩な大会が毎週行われていて、プロプレーヤーからカジュアルに楽しむプレーヤーまで、多くの愛好家のたまり場になっている。
「いらっしゃいませー」
髭を生やした、一見するとバーの店主かと思うような中年の男が、俺たちを出迎えた。この男が、店長にしてプロプレーヤーの音駒だ。
「店長、まだエントリーできるよね?」
先輩は店長に慣れた様子で話しかける。
「もちろん」
「よかった」
俺たちはデュエルスペースの一角に陣取って、大会に参加するための参加表に記入。三人分をまとめて店長に差し出す。
と、俺が出したエントリーの用紙を見て、店長が驚きの声を上げた。
「まさか、君が一ノ瀬優輝?」
自分で言うのもなんだが、俺はこの界隈ではちょっとした有名人だ。といっても、俺がスゴいプレーヤーだから有名、というわけではないのだが。
「ええ、まあ……」
「へぇ、そうか。まだアーツやってたの」
「最近また再開したんです」
そのやり取りを聞いていたギャル子が不思議そうな目でこちらを見てくる。
「優輝、有名人なの」
「俺が有名なんじゃないよ」
俺のその答えは謙遜なんかじゃない。事実なのだ。
「どういうこと?」
とギャル子が説明を求めてきたので、隠すことでもないし答えようかと思った、その時だった。
店の扉が大きめの音を立てて開いた。
入店してきたのは長身細身の少年だった。男としてはかなり長い、肩まで届きそうな髪は銀髪。ドクロのあしらわれたTシャツ、トランプカードくらいの大きさの穴が空いたダメージジーンズ、先がトンガリの黒い靴。
一見カードゲーマーには見えないが、実はこういう痛いビジュアル系なファッションに見を包んだプレーヤーは皆無ではない。
少年と目線が合う。俺は慌ててメセンを外らしたが、彼はなぜかこちらに歩いてきた。
「よう」
彼は低い声で先輩に話しかけてきた。
「影山君」
先輩がそういう。どうやら二人は知り合いのようだった。
「久しぶりだな、桜木」
「そだね」
先輩の顔は珍しく曇っていた。いつも明るい先輩の、そんな表情を見るのは初めてかもしれない。
「えっと、この方はどなたなんですか」
「うちの部員だよ。幽霊だけどね」
俺は影山先輩と桜木先輩を交互に見た。もちろん彼がトレカ部の部員だというとにも驚いたが、そもそもうちの高校の生徒だったとは。不良高校のヤンキーにしか見えない。幕張南の校則が緩いのは知っているが、あんなロン毛銀髪も許されるのか。
そもそも今日は普通に平日。制服はどうしたのか。わざわざ家に帰って着替えたのか。だとしたらちょっと笑う。
「桜木、いい加減諦めたほうがいいんじゃないのか。どうせ、アイツらに勝てるわけないんだから」
その言葉には、やたらと棘があった。彼に対して、桜木先輩は怒りも戸惑いも見せず、ただしっかりと彼の目を見据えて宣言した。
「あたし、絶対諦めない。今年こそ、幕張に行ってみせる」
その言葉を聞いて、影山先輩はふっっと笑ってから、俺たちに目を向けた。
「それで、こいつらが新しい部員か」
長身で見下げられているからか、ものすごく威圧感を感じる。
「お手並み拝見だな」 という言葉の後に、ニンマリとして、彼はすかさずこう続ける。
「こういうのはどうだ。俺とお前で勝負して、勝ったほうが桜木とデートできる」
「何言ってんの!?」
先輩が抗議の声を上げるも、影山はまったく意に介さない。
「せっかくなんだから、本気で勝負したいだろ。言い訳なしのガチデュエル。それに俺程度の人間に負けるようなやつを仲間にしたところで、貴文に勝てるわけがない。違うか」
先輩とデートできるかはおいておいて、純粋に面白いと思った。
「ぜんぜん勝負しますよ」
デュエリストの血が騒いだ。といったら大げさか。
「先輩、安心してください。俺、負けませんから」
俺がそう宣言すると、影山はにらみを利かせてきた。
「言っておくけど、俺は去年のグランプリ神戸でベスト十六に入ってるからな」
そもそも、自分で言っちゃうあたり、小物感が半端ない。
だが、グランプリは、プロプレーヤーたちが多く参加する公式大会だ。そこでベスト十六ということは、少なくともブロプレーヤー並みの力を持っているということになる。即ち、影山の実力は超学生級ということだ。
まぁ、だが、その程度であれば。
「じゃぁ始めようか」
お互い、サーヴァントカードとスタハン二枚を裏返しで置く。その後お互いのデッキカットアンドシャッフルしてデュエルのスタート。お互いのサーヴァントを裏返す。
俺のデッキは【カードの国のアリス】。七つの<スターカウンター>を貯めると発動できる能力<ヴォーパル・セブンスターズ>をメインウェポンに戦うビートダウンデッキだ。ゲームを始めた当初からずっと使い続けているフェイバリットデッキ。
「【カードの国のアリス】か。長期戦タイプのデッキだな」
影山先輩の言う通り、俺のデッキは現在の環境を基準にすると、速度はかなり遅いデッキだ。
だが、影山先輩のサーヴァントは<ろくでなしの傭兵隊長>。このデッキも速度に劣る。
<ろくでなしの傭兵部隊>
自分のドロー・ステップに発動できる。デッキから“ろくでなし”カードを二枚手札に加える。
【ろくでなしの傭兵部隊】デッキ。<傭兵隊長>の効果で、毎ターン2枚のカードを手札に加え、ハンドアドバンテージを獲得し物量で押し切るデッキだ。
カードを無条件で二枚ドローできる<人の欲望>が、禁止カードになっていることを考えれば、毎ターン二枚のアドバンテージを稼げるこの効果がいかに強力かがわかる。
だが、当然デメリットもある。“ろくでなし”カードは基本的にサモンアーツだが、これらのカードは全て召喚してから二ターンの間攻撃できない。これは即ち、すべての行動に二ターンのラグがあるということだ。
高速化が進むこの環境で、二ターンのラグはあまりに大きい。それゆえ、構築をかなり練りこまなければ、環境デッキには勝てない。
お互いに使用デッキは、同じタイプの中堅デッキ。であれば、勝負を左右するのは、構築の緻密さと、プレイング、そして相手のデッキへの理解度。つまり純粋に実力比べができる。
「俺は<ろくでなしの傭兵隊長>の効果でデッキから<ろくでなしの勧誘部隊>を手札に加える」
<ろくでなしの勧誘部隊> サモンアーツ
このカードが召喚された時、デッキから“ろくでなし”召喚アーツを一枚詠唱する。
【ろくでなし】デッキのの中核を担うサーチャーだ。自身のステータスは貧弱だが、デッキから好きな“ろくでなし”をリクルートできる強力な効果を持っている。このデッキの強みの一つだ。
【ろくでなし】も【アリス】同様に、後半の爆発力があるデッキだ。逆に言えば、序盤はスローな展開で進む。
「ターン終了」
「俺のターン」
しかし、この先輩、見かけによらず繊細なプレイングをしてくる。ミスらしいミスをしないし、デッキへの理解もかなり高いと思われる。
お互いに展開し、デュエルは中盤に差し掛かる。
「お前のデッキは最短でもあと三ターン待たないと勝利できない。だが、俺のデッキはあと二ターンでお前のライフをゼロにできる。お前の負けだな」
影山先輩はニンマリとした。確かに、現在影山先輩のほうが一歩早く攻撃体制を整えている。どうあがいても<ヴォーパルセブンスターズ>を発動するまえに俺の負けが確定してしまう。
「<賢者の選択>を発動」
<賢者の選択>
デッキの上から3枚のカードをめくる。その中から1枚を選び手札に加える。残りの2枚をデッキに加えてシャッフルする。
手札の質を高めてくれる強力なドローカードだ。
「さあて」
影山先輩がめくった三枚を見た瞬間、一瞬ドキっとした。その中に<火の用心>があったからだ。
<火の用心>
相手が効果ダメージを与えるカードを発動した場合に発動できる。その効果を無効にし、自分はカードを一枚引く。
効果ダメージでの勝利を目指す【アリス】にとっては、致命傷となるカードだ。ここにきて、逆転のカードを引かれた。
「いいカードを引いたな」
影山先輩の指先が<火の用心>に伸びる。
俺は心の中で祈った。
――気が付け。そのカードは選ぶべきではない、と。
そして、その祈りはかなった。
「まぁ、あと一ターン遅かったら、<火の用心>を選んでるがな」
よし、影山先輩は、“ちゃんと”気が付いたのだ。
「お前が<ヴォーパル・セブンスターズ>を発動する前に決着はついてるから、このカードはいらないんだよな。俺はカードを一枚詠唱してターン終了」
そう、その通り。正解だ。
ただしその正解は俺にとっての正解。彼はわかっていない。影山先輩は、俺のデッキが【アリス】だからといって、<ヴォーパル・セブンスターズ>だけが勝利の方法だと思っている。
「俺のターン」
これで、俺の勝ちだ。
「“セブンスターカウンター”を六つ取り除いて発動」
「最後のあがきか」
確かに“セブンスターカウンター”は、七つそろって初めて真価を発揮する。消費六つで消費七つほどの大火力は得られない。当然、影山先輩のサーヴァントのライフは残る。
「もう他に勝ち筋はない。これで俺の勝ちだな」
「いえ、先輩の負けです」
俺は手札からカードを発動する。
<強者の傲慢>
このカードはデュエル開始から3ターン発動できない。
相手か自分の手札が5枚以上ある場合に発動できる。相手のサーヴァントに5点のダメージを与える。
直接五点ものダメージを与える、破格のバーンカード。だが、デュエル中盤以降、かつ手札がロク枚以上あるときにしか発動できない。このゲームでは、デュエル終盤に手札が五枚以上あるようなシチュエーションはまずない。それゆえ、きわめて使いにくいカードだ。
だが、現在環境トップのデッキである【ゴブリン】や、影山が使っている【ろくでなし】のように、次々サモンカードを手札に加えて、圧倒的なアドを稼ぐデッキ相手であれば、手札が五枚という条件がクリアできる。まさに“強者”相手にのみ、有効なカードだ。
「俺の勝ちですね」
影山は言葉を失っていた。
俺は彼を一瞥してから、振り返ってVサイン。
まるでストライクでも決めた後のように先輩とハイタッチ。
「優輝くん、さすが!」
と、先輩のその言葉を聞いた影山先輩が、
「優輝、だと?」
と呟いた。
「あの白河貴文に勝った一ノ瀬優輝?」
影山先輩のその言葉に、俺が、この界隈でちょっとだけ有名な理由が集約されていた。
俺はこの業界ではちょっとした有名人だ。でもその理由は、大きな大会で優勝経験があるとか、デッキ構築がうまいとか、そういうことではない。
俺が有名なのは、学生大会無敗の男にして、ゲーム開発者の弟、白河貴文に、学生で黒星をつけた唯一の人間だからだ。
逆に言えば、白河貴文という男は、学生大会でたった一回しか負けたことがない。俺が彼に勝ったのは、たったの一回。何十回と公式大会で対戦して、ただの一回なのだ。
影山先輩は無言でデッキを片付け始める。
と、桜木先輩が拳を握りしめながら、影山先輩に話しかける。
「影山くん。今年は、絶対幕張に行くから」
先輩が影山に宣言する。
「いけるといいな」
と、店の扉が開く音がした。
「まぁ、あいつがいる限り無理だろうけどな」
そして影山先輩が扉のほうを指さした。
そこには――
「間に合ってよかった」
整った顔立ちと透き通った白い肌が印象的な中性的な少年。
白河貴文。
アーツの開発者白河博文の弟にして、全日本学生チャンピオン。
生ける伝説。
全日本学生選手権が始まったのが五年前。なんと白河貴文は、その舞台で、ただの一度も敗北したことがないのだ。文字通り、学生大会では敵無し。プロの世界でもその実力は認められている。
「久しぶりだね、優輝君」
「久しぶりだな」
「復帰したのかい」
「まあね」
「当然、今度の県予選にもでるんだよね」
「そのつもりだね」
俺の言葉を聞くと、彼は数秒黙り込んだ。そして、
「君と再戦できる日を夢見ていたよ」
どこか表情が綻んで見える。普段彼はデュエル中もそうでないときも、ほとんど表情を変えない。だからほんの僅かな笑みでも、印象的だ。
「県大会、楽しみにしてるよ」




