あきら君は今日も通常運転でお送りいたします ~父よ、貴方はマーマンだった~
毎度おなじみ過ぎるマイペースを誇る、昭君。
彼の短編シリーズです。
シリーズものなので、前作までを知らないと意味不明な部分もあるかもしれません。
小学校理科室で飼育されていた熱帯魚を指して父に似ているといった時、担任の先生に言われたことがある。
――昭君、間違っても人間を魚類に似ているなんて言っちゃいけません。ましてや鱗のてかり具合が瓜二つなんて言葉は論外です。
口に出さなければ良いんだな、と思った小学校2年生の夏。
あきら君は今日も通常運転でお送りいたします
~ 父よ、貴方はマーマンだった ~
三倉家の父、三倉 大。
45歳を自称しながらも、その外見は20代にしか見えない奇跡の若さ。
職場で若さの秘訣を尋ねられた時、彼はこう答えることにしている。
――休日には全力でリフレッシュすることにしていますから。
ストレスを爽快に晴らすことと、家族仲が良いこと。
家庭に不和を持ち込まず暮らすことが、彼の若さの秘訣だという。
そんなお父さんの最大のストレス解消……それは金曜の夜にある。
土日がお休みの彼にとっては、最も気兼ねなく夜更かしが出来る日。
毎週金曜日の夜には、夜遅くにゆったりと長風呂に浸かるのが彼の楽しみだ。
ただし風呂は、真冬でも水風呂なのだが。
子供達も寝静まった後、お父さんは夜の12時から午前3時までを水風呂で過ごす……。
子供には秘密の、密やかな楽しみ。
彼はその金曜日も、ご自慢の美声を利かせてご機嫌にハミングしていた。
風呂場に反響する、魔性の歌声。
草木も眠る、丑三つ時。
しかしこの近辺で草木が眠るのは、確実に三倉家の功績である。
何しろ彼の歌声を耳にすると、煩わしく思う以前に問答無用で眠りに落ちてしまう者がほとんどなので。
お陰で深夜に結構な音量で歌っていながら、苦情一つ寄せられたことがない。
今までもこれからも、彼の楽しみを邪魔する者はいないだろう。
そう思っていたし、信じてもいた。
だから油断していたのかもしれない。
彼の楽しみに介入する者など、ここにはいないのだと……
だが、その日は違った。
違ったのである。
突然の闖入者は、とっても無遠慮に。
そして無造作に。
何にも憚らぬ態度で風呂場のドアをガラッと開けた!
「父さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「き、きゃぁあああああああああっ!?」
絹を引き裂くような、父さんの悲鳴が上がった。
とても女子力の高い悲鳴だった。
驚きの肺活量が咄嗟に全力で発揮され、父の悲鳴は千里を駆ける!
「夜遅くに御近所迷惑だよ」
「あ、あ、あっ……あきらくぅん!?」
父の声も思わずひっくり返る。
現在、父は全裸だ。
そして場所は風呂場。
まさかこんな時間に、こんなところに踏み入る者がいようとは。
父は思わず両手で己の肩を抱きしめ、涙目で息子を見ている。
とても女子力の高い姿だった。
「あ、あきらくんっ! いきなり何するの!?」
「文句があるなら内鍵くらいかけなよ。施錠してないってことは入られても文句はないってことでしょ」
「しまった! 今まで誰も来たことないから……!」
「そうそう父さん、質問があるんだけど」
「するっとお父さんの驚きと動揺と疑問を無視しないで!? なに普通に流そうとしてるんだい!」
「じゃあどういう反応がほしかったの?」
「昭君はお父さんの姿に戸惑いはないのか……?」
「親子で、しかも同性なのに何に遠慮するの」
「そうじゃなくて、この! この、お父さんの姿だよ!?」
「風呂場にいる時点で裸なのは当然だよね」
「そこじゃなくって! 違うよね、そうじゃなくって……っお父さんは! お父さんの正体を見て、なんで平然としているんだ……
――……お父さんは人魚だったんだよ!? 」
冷たい水にひたりと浸かる、お父さんの裸身。
そこにいたのは渚のマーメイドではなく、風呂場のマーマン。
お父さんの下半身は、完全に魚のソレだった。
昭君は父の声に促されるように、既に見えていた筈のそれをとっくりと眺め……1つ、頷きを返す。
「見ればわかるよ」
「それで何で驚かないのか逆に驚きなんだけど!?」
「別に驚くほどじゃないと思うよ?」
「うちの子、胆が据わってるって前から思ってはいたけれど! 父さんに疑問はないのかい!?」
「疑問?」
「そう、疑問!」
「疑問……」
「お父さんに対して、何かあるだろう!?」
「うちって健康保険どうやって加入してるの?」
「まず出た疑問がそこ!?」
「もしかしてうちの保険証って偽造? 戸籍ってどうなってるの」
「妖怪の父さんに公文書偽造なんて高等技術を要することが出来る訳ないからね!? 普通の国民健康保険だから!」
「父さんが、普通に? ……魚類の保証もしてくれるんだったら随分と時代を先取った保険だね。きっと業界最先端だよ」
「……昭君、父さんの姿を見て、驚かないのか? 気になるのはそこ? そこなのか。あと父さんは人間として戸籍登録してるからね?」
「公文書偽造は犯罪だよ」
「偽造した訳じゃないから! 本当に昭君、平然とし過ぎじゃないかなぁ!? お父さんの方が驚かされてるってどういうことだろうね!?」
「むしろ僕が驚くくらいの話をしてほしいね」
「これお父さんの最大の秘密だよ!? これで驚かないんだったら、もうお父さんには昭君がどうやったら驚くのかさっぱりだ!」
「それより、父さん」
「それよりで流された……」
「ちょっと質問があるんだけど」
「それは父さんの正体より重要な質問なのかな……」
「月曜日に提出する宿題で、家族全員の名前の由来を聞いてこいだって」
「それ今する必要のある質問だったかいぃ!? 昭君、お父さんは明日と明後日お休みなんだけど! 別に今じゃなくっても良かったよね、その質問!!」
「思い立ったら吉日、って昔誰かが言ってたよね」
「思い立ったにしてもなんでわざわざ風呂場に突撃してくるんだ……!」
「土日は僕もゲーム三昧したいから、いま聞かないと忘れるからだけど?」
「昭君、ゲームは程々に……!」
「それで父さん、父さんの名前だけど……」
「へ、平然と話を続けられた。我が子のメンタル、強靭過ぎて歯が立たない……!」
「確か父さんの本名って『アウグストゥス』で良いんだよね?」
「しかも唐突にさらりと爆弾投下してくるしぃーっ!!」
「名付けは父さんの父さん? 名前の由来って聞いてる?」
「その前に昭くぅん?! どこでその名前を……!」
「『大』っていうのは父さんが自分で考えた偽名?」
「いや、考えたのは鞍馬天g……ってそれより本名の出所! お母さんに……聞いた、の、かい?」
「質問しているのはどちらだと思う?」
「……由来は、父さんも知らないよ?」
「じゃあ、仕方がないね」
「昭君、それじゃお父さんの質問に――……」
「明日、明後日のどっちかで父さんのお父さんと鞍馬天狗に由来を聞きに行くしかないね。父さんの実家って、若狭湾沖の海底だっけ」
「なにその決断力! 昭君ってそんな宿題に熱心なタイプじゃ無かったよね!? あと父さんの実家の場所を一体どこで聞いてきたんだい!?」
「父さん、この宿題の完成度如何で……担任に没収された携帯ゲームのメモリーカードが戻って来るかどうか決まるんだよ。3,711時間の結晶を取り戻す為にも、付き合ってもらうよ?」
「思った以上に利己的な理由だった……昭君、一応言っておくけど、学校に要らないモノを持っていくのは止めなさい」
「学校には要らなくとも、僕の人生には必要なモノだから問題ないよ」
「問題ありまくりだと思うなぁ、父さん!」
結局、昭君にとっての心理的な比重は「パパがマーマンパパだった事実<ゲームのセーブデータ」らしい。
色々と物申したいことを重く大量に抱え込みながら。
翌日、父は若狭湾まで引きずって行かれることになる。
父の本名の由来を聞き出すという、割と難しそうな任務を果たす為に……!
マーマンパパ(実は出奔中)にしてみれば、神様にコーラの空き瓶を返しに行く位の難題だ。
彼は海の底に引きずり込まれることなく、無事に嫁の元へ帰ることが出来るのか。
父の実家をクリアしたとしても、次は京都の鞍馬寺。
随分な強行軍だが、果たして父の気力は保つのだろうか……?
「そういえば父さんの実家って行ったことないよね」
「もう800年くらい連絡取ってないからね……!!」
このような事態で思いがけなく帰省させられることになった、マーマンパパ。
どうやっても動じることのない昭君を相手に、もうなんか色々やけくそになっていた。
そして父よ。
お前の実年齢、何歳だ。
そのツッコミを入れる者は、残念なことに何処にも存在しなかった。
三倉 大
元は渚のマーマン(♂)
愛妻家で、嫁との出会いは790年代(奈良時代末期~平安前期)。
本来、一族の女は「人魚」、男は「半魚人」として生まれる。
そんな中で「人魚」として生まれた男。
たまにそういうことはあるらしいが、人魚の男は雄の三毛猫並みに珍しいらしい。
面食いぞろいの一族の女たちにはこぞって求愛されたが、一族の男たちの妬みが凄まじ過ぎて旅に出た。
その旅の終着地点こそが三倉家であり、嫁の元だったそうな。
ここ数百年は人間のふりをして放浪していた筋金入りの人間好き。
千数百年の時を経て再会した嫁を運命だと思い込んでいる節がある。