千変万化
寒かったが過ごしづらくは
なかった冬が終わって、
やがて涼しくも暖かい春がやってきた。
春には木の実や新芽なんかを摘み取って
山から街まで下りて売りに行ったり、
ハニーと花見に行ったりした。
春が過ぎると夏がやってきた。
俺は泳ぐのが
とてつもなく苦手だったので、
何度か二人で海に来ては
色んな話をしては綺麗な海を
眺めて時間を共に過ごした。
そして、今は秋だ─────。
時間が経つのは早い。
朝目が覚めた俺はぬくもりを
求めてハニーの方へ抱き付いた。
秋なのに山だからか、寒い。
隣で静かな寝息を立てて
眠っていた女の子は、俺が
抱き付いたことで目を覚ました。
ハニーは俺を見詰めてクスッと笑い、
まるで母親がするように
俺の頭を撫でながら、
「ふふっ、寒いのですか?」
「んにゃ、あったかい.....」
そう言って女の子の身体に顔を埋める。
「もうすぐお仕事の時間でしょう?」
「もう少し、このまま........」
そう言って俺が顔を上げると、
俺の寝言にハニーは目を瞑った。
首だけ伸ばして、
ほんの数秒だけ唇に触れてみた。
ふと顔を離してから女の子は、
「もう、キスするのに
何の違和感も無いのですね」
「何度目かにはなるけど慣れたかな」
「こうしてると、
本当に夫婦みたいですね。
あの初々しさはどこに.......」
「.......からかうなよ」
して.......
夫婦みたい、とはキスの
事を言ったのだろうか、
それとも俺が抱き付いてる
今のこの状態の事かな?
そんな些細な思考さえも
吹き飛ばすように、
二人はもう一度唇を重ねた。
今度は長めのキス。
舌を伸ばしては女の子のと絡ませたり、
口の中を這わせてみたり、
何となく舌に吸い付いてみたり.....。
顔を離すと、
女の子は幸せそうに微笑んで見せた。
朝食を作るために備え付けの
キッチンで料理をしている
エプロン姿の女の子は、
いつも見てるのと違う一面がある。
長くて白い髪を一束に
結った後ろ姿は勿論のこと、
そして普段はお淑やかなのだが、
そこに強さを足したような感じである。
力強い、とは異なるが
強いという表現は果たして正しいのか。
「お待ち遠様、エビ天麩羅です」
これだ、仕事前に俺はあんなに
だらしない姿を見せてしまったのにも
関わらず料理にはまるで手抜きが無い。
むしろ好物を作ってくれる。
これを強さと呼ぶべきか、
しっくり言い表せるまで未だ定かではない。
「チーズと野菜サラダに
さくさくのエビ天........。
そしてエビの殻で
出汁をとった味噌汁、ゴクリ」
女の子は何でもなさそうな笑顔で、
「貴方の好物ばかりですよ、
さあ召し上がれ」
俺はこんなに幸せでいいのか......?
死刑から脱走してきたのに
こんなに幸せでは、
また捕まってしまうのでは
ないかと思えてしまう、
あるいはこの子を失ってしまう
のではないかとさえ思ってしまう。
冬が過ぎるとその予想が
的中するということをまだ俺は知らない。
朝食を終えた俺は、
いつもの仕事場へ足を運んだ。
「オッサン、今日は早いな」
「ルーか、おはようさん。
なに、今日はちと早く目が覚めたんでな」
俺はオッサンの横腹を小突きながら、
「またステラさんにどやされたか?」
「まさか、ってその顔!
てめえルー、信じてねえだろう!?」
「いっつもどえらい事
してるからだろう!?」
今日の仕事も楽しい。
莫迦力の俺は
更に力を付けたらしく、
最近は手の甲の
小指下の筋肉すら膨らんでいる。
普通は小指の握力なんて
小さくてたかが知れてるものなのに、
この小指は.......結構強い。
こんな日常が
ずっと続けばいいと、常に思う。
記憶の消えなかった俺は、果たして
どんな暮らしをしていたのだろうか。
やはり農業のような
力仕事をしていただろうか。
今はとにかく、
もう少しここで働いていこう。
そこまで考えて、
今日もルーは斧を振るう。
この秋が終わったら給料に
ボーナス付きの大金が貰える。
そこがこの仕事を終える潮時かな。