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倒錯的スマホゲーム"かいごぐらし!"

作者: 凸森一平

「たとえどんなに落ちぶれようとも、あたしゃケータイだけは絶対持たないからね!」

 2002年ぐらいからずっと口癖のようにそう言い続けていた柏ばぁちゃんが殺害された。死因は刺殺。加害者は出会い系で知り合った53歳男性(コンビニ店員)。笑顔を絶やさないがいいコンビニ店員だったが、酒を飲むと性格が凶変するらしく、駅前の金蔵で店員と会計上のいざこざをよく起こしているのは周囲じゃ有名な話だったそうだ。。

「どうしてあの人が・・・出会い系なんて・・・」

「きっとお互いに何か行き場のない悲しみを抱えていていたのだろさ」

「金目当てだったのだろうさ」

「いや、加害者は金品には一切手を触れてないって話だよ」

「じゃあ、何が目的でこんなことしたのさ?」

「さぁ、やっぱり、行き場のない悲しみが原因なんだろうな」 

 近所の喫茶店での奥樣方の行き場のない会話を聞いていた俺は行き場のない悲しみを感じていた。

 奥樣方は好き放題言っているにもかかわらず、誰ひとりとして

「"ケータイだけは絶対持たないからね!"とか言っといて、どーしてケータイ持ってたんだろうね?」という発言を口にするものはいなかった。どうしてなのか?どうして人は人の死について会話するとき、その死の以前にある根本から目を逸らして、死の解釈のみに固執するのだろうか?「人の死を話すとき、その死を軽んじるようなことを口にしてはならない」というフィルターに近所の喫茶店の奥様方は覆われていた。いや、案外このフィルターは日本全体を覆っているのかもしれない。 

 俺も行き場のない悲しみを感じた。ついでにそんなに金もないから、コーヒー一杯で5時間粘って本を読んでいた。レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』とリースマンの『孤独の群集』を10ページずつ、交互に。

 両書を30ページずつ読んで俺はお会計をして家に帰った。母親の食事の時間だった。

 俺の母親は10年前から続く緑内障の進行でほぼ何も見えない状態にまで陥っていて、"要介護1"に認定されていた。だが目以外はとても健康的だった。ほとんどの時間をベッドで過ごしているが、iPhoneのSiriを駆使して自分で電話を掛けることもできるし、Podcastで落語や文学作品の朗読や文化人の公園をよく聞いているためとても精神生活は充実しており、視力とは反比例して言語能力は未だに向上の一途を辿っていた。

「チョムスキーの生成可変文法という考えは、一見現実との整合性を持っているように見えて、実は理想論だわさ。まぁそういうの、嫌いじゃないけど」

とか言い出す始末だ。まったく、退屈しない還暦の母親だ。

 母親が視力を失ったあとにiPhoneが登場したため、母親は"iPhone"というものが何であり、どんな形をしているのかわからなかった。俺は母親にiPhoneのSiri機能を起動出来るBluetoothのボタンを与えて、「俺に電話したいときはこのボタンを押して俺の名前を言った後"電話"と言えばかかる。後は応用で、色々な機能が使える」ということを教えてやった。すると、人間というのは暇な時間を与えられるとどこまででも暇つぶしをする生き物らしく、Siriの機能を使いiPhoneを使いこなしていた。母親にとって、iPhoneとは"空間"のことだった。iPhoneの形状を知らない母親にとって、自分の声に反応してくれる空間そのものがiPhoneだった。

 俺は母親が失明して以来、在宅でエッセイを書く仕事に従事していた。収入はささやかなものだったけど、介護の助成金も加えれば、ローンがなくなったこの家で母と俺2人暮らしをするぐらいは、簡単なものだった。

 そんな俺が最近嵌っているブ○モからリリースされたスマホゲームが"かいごぐらし!"だ。まずはキャラクターの選択。各キャラクターにはそれぞれ特徴がある。足の不自由や耳の不自由なお年寄り、下半身不随のかわいい萌え女の子、若年性アルツハイマーのイケメンなど、様々。育成シュミレーションのようにキャラのお世話をちゃんとすることで好感度を挙げていく。若年性アルツハイマーのイケメンはアルツハイマーのためパロメーターがすぐにゼロになる。特殊イベント"夜間徘徊"は夜中にスマホからけたたましい音がなり、深夜の街へ出ておばぁちゃんを探しにいくというクエストが発生したりする。俺はスマホゲーム"かいごぐらし!"でかわいい下半身不随の女の子のお世話しながら、母親の世話をしていた。今度メディアミックスでアニメ化もするらしいのだが、そんな中"介護生活!"のアニメPが先日俺の家に訪れて、「ぜひ母親の介護をしながらキャラの介護をするという男のアニメを1クールの中に2~3話構成で入れたいからあなたのお話をぜひ聞かせて下さい」と言われた。最初俺は断ったが、先方が即金で20万を包んでくれたから俺は喜んで承諾した。俺の現実の話が金になるのだ。俺は迷わずラフ原稿を書き始めた。書いているうちに俺はふと思った。母親の介護をしながらキャラの介護をするという男、現代の倒錯性の最先端に、俺は立っているのだと。

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