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永く平和が続くこの国で、いきなり魔物が出始めたのは数年前のことだった。

些細な違和感はもっと前からだ。天候が悪い、作物が育たない、川が荒れ池が枯れ…そんなたまにある事が重なって起きて。

辺境や規模の小さい村から、じわじわと広がる苦しみの声。

そんな時に魔物が現れた。

山にいる大型の動物とは明らかに違う生き物。

凶暴で吐き出す息は、人が吸うと毒になる瘴気。

大昔にいたとされる伝説級の存在が現れて、私たちは慄いた。

そこで迅速に動いたのが国だ。

兵を惜しみなく向かわせ、魔物を退治し、原因を突き止め、混乱が国中に広がる前に国民に原因であるとされる大昔封印されたという魔王の縛めが綻びかけている事を隠すことなく伝えた。

聖なる力でその封印を強固なものとすること。

漏れ出る魔王の力から生まれるとされる魔物の退治は、国側が責任を持って行うこと。

等など、実に細やかに情報は拡散された。

国民はその対処の早さと正確さに、王の有能さを感じ、その治世のなかで暮らせることに感謝した。

しかし、聖なる力をもつという人物は中々見つからず、魔物は増え続けるばかり。

人々の心に影が指し始めた頃、その人物は現れた―――こことは異なる世界からの来訪者として。

神子と呼ばれたその人物は国が誇る精鋭を引き連れ旅に出て、困難な旅路を乗り越えて無事目的を果たし、世界に平和が訪れた。





そう、平和になったのだ。


「だからってこれは……皆お気楽過ぎない?」


ぎゅうぅぅっと、つい力が入って雑誌が皺になった。

最近巷で密かに人気の<巫女と騎士の恋物語>が載っている雑誌だ。


(名前とか役職が微妙に変えて書かれてるけど、これ確実に神子様達のことでしょ?!しかもなんで、神子様と騎士が一目会った時からお互いを想い合う仲になってるわけ?そんな最初からアルバート様ったら浮気してたの?いやいや、これはだいぶ脚色とか妄想入ってるはず!...だよね?)


「あらアメリアちゃん、なに持ってるの?」


ぐるぐると思考が渦巻く私に明るく声をかけてくれたのは、ご近所のパメラさん。

おっとりしているパメラさんは興味深そうに私の手元を覗きこんだ。


「まあまあ、それ神子様のじゃない?アメリアちゃんもそんなの読むのねぇ」

「いえこれはお店に忘れてあったものです」


別についつい読んでたわけじゃないです。

ちょっと落としたときに内容がちらりと見えたんです、なんて言い訳はのほほんと笑うパメラさんを前にすると出てこなくなった。


「若い子に人気あるわよねぇ。姪っ子もね、この前遊びに来たときにこの本のお話をしてたのよ」

「そうなんですか」

「やっぱりモデルがあると皆気になって読んじゃうのねぇ。しかもそれが国を救ってくれた英雄達なんですもの」


一度お見かけしたことがあるけど容姿も素敵で物腰も丁寧な方達だったわ、なんて思い出すように遠くを見るパメラさんから渡されたパンを袋に詰める。


「確かに」


アルバート様はかっこよくて優しくて強くて素敵な人だった。

心からパメラさんに頷いて、お代をもらう。


「なんでも最初はお二人を応援する方が知人に語るお話が元で、それがどんどん広まって雑誌に載るようになったのですって」


素敵ね、なんて少女に戻ったかのように頬を染めるパメラさんだが、それは頷けない。

恋敵と元夫の恋愛事情なんて誰がこんな事細かに知りたいと思うでしょうか。

誰だその知人て、会ったらぶん殴ってやry...足の小指をどこかに思いきりぶつけて頂きたい。


「ですね、乙女の夢ですね。試作品おまけに入れときます。良かったら感想ください」

「あらありがとう、ジョルジュさんが作るパンはいつも独創性があって好きよ。じゃあねアメリアちゃん、お腹も大きくなってきたことだし、あまり無理しちゃダメよ」


ふわりと笑ってカウンター越しにお腹を撫でてくれるパメラさん。

沢山の人に撫でられて生まれてくる子は、その分沢山の祝福をもらって幸せになる、そんなこの街の言い伝えがあって、ここにくるお客さんは皆ちょっとずつ膨らんでいくお腹を見ると笑顔で撫でてくれる。

優しい人達に溢れた街だ。


「アメリア、もうそろそろお昼行ってきな」


そう言って奥の厨房から顔を出したのは、このパン屋の奥さんであるベルさん。


「ありがとうございます」


妊娠中しかも夫も居ない独り身、という厄介そうな私を雇ってくれる優しい人だ。

ベルさんと店番を代わり、厨房に居る旦那さんのジョルジュさんにも一言置いてから、奥にあるリビングに行く。

ソファに座って一息つきながら、ゆっくりとテーブルに置いてあったパンをつまむ。

今日のパンは木の実を練り込んだクスーナパンだ。

クスーナは栄養価の高い木の実で、ほんのり甘い。

つわり中あまり沢山食べれなくなった私を心配したジョルジュさんが考案してくれたこのパンは、今はこの街の若い女性や子供達に人気のひとつでもある。

ベルさんが入れてくれたらしいハーブティを飲みながら、本当に今の自分が恵まれていることに感謝した。




家出した私には住むところと働く場所が必要だった。

結婚前の貯金がそのまま残っているとはいえ、これから親子二人で生活する以上お金は必要だ。

だけど以前のように薬屋をするには色々問題もあった。

薬草を採取するのは妊娠中はつらいし、また店を開くなら薬師会にも届けを出さなければいけない。

薬師免許を使えば、簡単に居場所がバレてしまう。

そして最大の問題が、つわり中の私には薬草の匂いが駄目だったのだ。

人生の半分以上を共にした薬草達の匂いを嗅いで吐き気が込み上げてきたときは絶望したが、それも出産するまでの話を割りきって、リナリーに相談して紹介してもらったのがこのパン屋である。

彼女の旦那さん方の親戚であるベルさん達は、正直に全ての事情を書いた手紙を送ると二つ返事で了承して迎えにまで来てくれたのである。

リナリーの旦那さんに恩があるというベルさんは、店の近くにある空き部屋まで見つけてくれた。

それ以来、無理をしない程度の短い時間ではあるがこのパン屋で店番をしているのだ。

私の悪阻は薬草以外にはそんなに酷くないが、食欲が少し減ってしまった私に色んなパンを作ってくれたジョルジュさん。

考案したパンをそのまま商品として出して、人気もまた上がり忙しい毎日。

色々気遣ってくれるベルさん。

お客さん達も一人で来た私が訳アリだって気づいているだろうに、ただただお腹の子を祝福してくれる。

優しさに溢れる街で、私は案外心穏やかに過ごせていた。

例え毎月発刊される恋愛雑誌が、ちくりと私の心を刺しても周りに気づかせないで居られるくらいには余裕を取り戻していた。



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