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太陽が空高く昇る頃、窓の外から活気溢れる声が聞こえてくるのとは反対に、室内は葬式かと思うほどに暗い雰囲気が漂っていた。

主に一人の女性から。


「えーと、タオルもう1枚いる...?」

「...おねがい」


夥しい程の涙と鼻水を流す私を前に引きながらも、タオルとティッシュを差し出してくれる親友が一人。

だらだらと流れてくる涙やら鼻水を一頻り処理して、親友の淹れてくれたお茶を一口。

体に染み渡るその温かさに、その味に、またじわりと涙が流れてくる。

そのお茶が、夫だった彼が、かつて旅先から贈ってくれたプレゼントと同じ種類だった事を思い出して、また涙が出てくるが親友の好意は無下にしたくはない。

ぐいっと全部飲み干した。


「しっかし、家出とはまた大胆なことするわよね、あんたも」


ちょっと呆れた風に話す彼女に返す言葉もない。

彼の家に居る沢山の使用人たちの目を盗んで家を出て、隠しておいた一般庶民風の服に着替えて、隣町である親友の家になんの連絡もせずに来たのが数時間前の事なのだ。

久しぶりに会う親友が涙で顔中ぼろぼろにしながら突進してきても、文句を言うこともなく。

驚きながらも、落ち着くまで抱き締めて話を聞いてくれた親友には暫く足を向けて寝られない。


「突然居なくなったら心配するんじゃないの?」


誰が、とは言及しないところに優しさを感じる。


(だってあの人は私が居なくなっても、きっとしばらくは気づかないもの)


折角親友が曖昧にしてくれたのに、脳内で卑屈な私がわざわざ現実を突きつけてくる。

うるさい私、そんなのわかってる


「み、皆には後でわかるように手紙置いてきた。あと、離婚、届けも渡してもらえるようにい、一緒に置いてッ...」


あの家で何かと気を遣ってくれた優しい人達。

彼らの顔が浮かんで、情けなさと申し訳なさで心が痛くなる。

黙って出てきたのは、あの人達からの沢山の好意を無視したも同然だ。

本当に最悪だ

自己嫌悪で沈む思考、拭いても拭いても流れる涙に苦笑したのは目の前の親友だった。


「変わったわね、アメリア。あの頃あんなに隊長サンにすげなくされても泣かなかったあんたが大号泣とはね」

「に、妊婦は情緒不安定なのっ」


泣かなかったんじゃない、泣かないとそう決めていたの



* * * * *



「アルバート隊長お疲れ様です、今日も素敵な筋肉されてますね」

「誰ですか不法侵入者をそのままにしとくのは、さっさとつまみ出しなさい」

「やーん隊長の筋肉が素晴らしいのは承知してるので、私を持上げなくてもいいですよ。どうせならその両腕で抱き上げてくださると嬉しいです」

「会話も成り立たないアホに用はありません。ゾルフつまみ出しなさい」

「今月の薬持ってきました、追い出さないでください」

「それを早く言いなさい。救護士のとこまで案内をゾルフ」


それ程大きくもなく小さくもない街、そんな私の生まれ住む街に王都から赴任されてきた警備隊の隊長は、とても洗練された美形の騎士様だった。

美形で丁寧な物腰でしかもめちゃくちゃ強い都会の人であった隊長様は、女の子にめちゃくちゃモテた。

群がる女の子達を逆上させないように冷静に、でもすっぱりと未練も残らないように振っていた所に出くわした事もある。

物腰柔かに断っている現場に、何度も遭遇した。

生業にしている薬師は、警備隊がお得意様なのだ。

たまに相手に泣かれて、困ったような辟易したような複雑そうな顔をしているの見たことも、泣かれると昔の母を思い出して嫌なのだと聞いたことさえある。


だから私は、そんな傷ついたような顔をしてるのに気付かずに無理して笑うその人を、もう見たくはないなって…

ひとりで、そんな表情を誰にも見せないように背中を向けるその人が、誰かに面と向かって笑いかけることができたらいいなって思って…

いつの間にか好きになってたことに気づいて…


想いのままに行動していたら、何故か容赦の無い切り返しをされるようになった。


―――そう、まったくの片想い。

しつこすぎて、優しい彼がぞんざいな態度になるほど、実りのない恋だった。

泣いてあんな複雑そうな顔を見るくらいなら、呆れた顔を見る方が良かった。


* * * * *



「その妊婦さんは、お腹の子大丈夫なの?そんなに離れていない距離だからって隣町まで移動なんて」

「う、それはお医者様にもちゃんと確認とってなるべくお腹に振動を与えないように徒歩にしたり、1日で行けるところを休み休みで2日かけて来たし大丈夫」

「ふーん、あんたにしちゃ上出来じゃない。でも後でこの街のお医者様にも診てもらいなさいよ」

「うん、それなんだけど相談があって…」


昔からこの親友は面倒見が良かった。

両親が亡くなって薬屋を継いだ時も、何かと気にかけてくれていた。

ついつい閉じ篭りがちになりそうだった私を、何かにつけて外に連れ出してくれた幼馴染で親友の彼女。

私を含めてみんなが彼女に頼りがちだったから、彼女自身が甘えられる存在ができた事が嬉しかった。


「ごめんねリナリー、あなたもお腹おっきいのにいきなり押しかけてきて、しかもこんな事まで頼んで」

「あらいいわよ、逆にこれくらい大きくなった今の方が楽よ。体が重いのは別としてだけどね」


そう言ってカラッと笑った彼女は大きくなったお腹をさすった。

幸せそうにお腹を撫でる彼女を見て、私はこの子を幸せにしてあげられるだろうかと考えてしまう。

片親で子どもを育てる覚悟をもたなければならないのだ。


―――約束、したもんね

でも、アナタから父親を奪ってごめんさい


平らなお腹を撫でる。


「本当にそれで良かったの?」

「良いも何も…」


だってしょうがないじゃない、彼が好きになったのは私じゃないもの


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