森の聖女との邂逅、もしくはオラースの憂鬱
ダニエル13歳、シーラ25歳、オラース23歳。
ダニエルとシーラの出会い編。短いです。
「頼む!! 今宵、俺の褥でその美しい金髪を下ろし、乱れた姿を見せてくれ!」
明るい茶色の髪に琥珀の瞳の小柄な少年が、金髪碧眼の美しいエルフ女性に開口一番そう言った。
「死ね、下郎」
冒険者ギルド内で、平手の音が高く鳴った。背もたれのない丸椅子から転げ落ちた少年を振り向きもせず立ち上がった彼女は、そのまま外へ出て行った。
◇◇◇◇◇
「おかしい、どうして叩かれたんだ」
左頬を赤く腫らしたダニエルが唸るように言うと、彼の後見人である光神神殿の司祭オラース・トゥルヴィルが深い溜息をついた。
「あのような事を初対面の女性に言えば、嫌われても仕方ないでしょう」
「えっ、なんで!? 俺にしては結構遠回しに口説いただろ!?」
「そもそも13歳のあなたが、25歳のエルフ女性の恋愛対象になるはずがありません。前にも王城でも似たような所業をしておいて、まだ懲りないんですか、ダニー」
「王妹殿下は許してくれたぞ」
「それはあなたが年下で、実年齢よりも更に幼く見えるからです。良かったですね、童顔で。しかも、辺境出身の狩人の息子にしては見目も良いので、あなたが愚かな行いをしても、些少のことなら心の余裕のある方々は許してくれるでしょう。
しかし、それに驕って図に乗ってはいけません。同時に、あなたを貶め、付け狙おうとする輩も多いのですから。身の振る舞いや言動にはお気を付けなさい」
「ちぇっ、堅物司祭様と来たら本当、何かと言やぁ説教だな。でも、アルギースが『お前がこの台詞を言えば、どんな女もイチコロだ』って言ってたんだぜ?」
「あの愚か者の言うことを信用してはなりませんよ、ダニー。あれは息を吐くようにホラを吹くロクデナシです。信用してはなりません。
あなたの周囲には潜在的な敵が多すぎます。あれも、いつあなたに牙を剥くかわからない輩です。証拠は確保できていませんが、おそらくはデュヴィラールの紐付きでしょう。決してあの男と二人きりになってはいけません」
幼子を諭すような口調で言うオラースに、ダニエルは辟易とした顔になる。
「ここ半年、そんなことばっか言われてるけど、何も起こらないじゃないか」
「それは陛下のご慈悲とご配慮に加え、光神神殿とわたくしの実家の全面的な支援と保護下にあるからです。もっとも、それらがなくとも、このわたくしが後見人となったからには、その辺の有象無象にあなたを害させるような失策はいたしません」
そう微笑みながら言うオラースに、ダニエルはげんなりした顔になった。
「オラースのおっさんが後見人とやらになってから、うるさい小言聞かされる上に、行動制限されるようになって、俺にはちっとも良いことねぇんだけど」
「それはわたくしが後見人にならなくても同様です。あなたはもう、辺境の村の狩人の息子ではありません。救国の英雄、奇跡の大逆転を起こした、神のご加護を受けし天才少年剣士なのです。実情はどうであれ」
「神様の加護はともかく、俺が美貌の天才剣士なのは、ただの事実だな!」
「そんなことはともかく、この度の指名依頼達成には《森の聖女》のご助力が必須なのですが、あなたはどのようなおつもりですか? 謝罪して改めて協力をお願いするなら、早いほうが良いと思われますが」
「謝罪? なんでだ?」
キョトンとした顔になるダニエルに、オラースはニッコリと笑みを浮かべて言った。
「では、わかるまでお説教ですね」
全身の毛が逆立つような笑顔だった。
◇◇◇◇◇
ダニエルが未成年にもかかわらず、見習いではなく正規の冒険者になれたのは、シュレディール王国国王との謁見の際、褒美に何が良いか聞かれて答えた結果である。もちろん事前に文官らによる下問はあった。
当初は騎士団に入れてはどうか、あるいは下級貴族の養子とするのはどうか、などといった意見もあったのだが、本人が望まなかったことや、資質などを鑑みた結果、彼になんらかの責務や職務、権限を与えるのは不適当だと判断された。
光神神殿の司祭であり、男爵家の四男でもあるオラースが後見人についたのは、隣国トルシェラント王国がシュレディール王国へ攻め入った際、アルツ村に最初に駆け付けた兵団に応援として派遣されていたからである。
その時、軽傷とはいえ無数の怪我を負い、衰弱し痩せてギラギラした獣のような目をしていた、血と垢と泥に汚れていた少年が、今のような姿になることは想像できなかった。
「……何でしょうね、あの自覚のない問題児は。意味を理解した上で言っているとは思えませんが、しかし、もしかしたら理解した上で、あの良く回る軽薄な口で言葉を紡いでいるのですかね?」
外見上は多く見積もって12歳というところだろう。しかし、戦闘時は歴戦の戦士のような表情になり、強敵相手となれば狂戦士のように血に狂い、哄笑しながら身の丈に合わぬ剛剣を振るう。
普段は憎悪も嫉妬も怨恨も知らぬような無邪気な風でありながら、剣を握った時は殺伐とした悪鬼のような顔になる。当初、それは同盟国であったはずの隣国に裏切られ、故郷と家族を滅ぼされた少年の心の傷が原因なのだと、オラースは考えていた。
彼の弟は保護した時、実の兄の顔すらわからぬ程に錯乱し、怯えて言葉も話せない状態だった。彼らが被った悲劇と惨劇を思えば、それも仕方ないと誰もが思った。
オラースはダニエルが泣くところどころか、怒ったところすら、見た事がない。ダニエルは感情の起伏は激しい方だし、概ね素直で開けっぴろげに見える。信頼されていないわけでも、打ち解けていないわけでもないと思っているが、自信はあまりない。
「とても目を離せない、な」
普段は明るく快活に見えるからこそ、危うい。本気で剣を振るう彼の姿を見れば、彼が見たままの人物ではないことは明白だ。
「太陽と光の神アラフェストよ、我らが至高の神よ、どうか彼の少年に寛大な慈悲とご加護と、安らぎを与えたまえ」
オラースはひざまずいて、神に祈りを捧げた。
◇◇◇◇◇
ダニエルとオラースは、指名依頼で王国西南部のフィオレアを訪れていた。風光明媚なことで有名な湖畔と森に囲まれた都市であるが、その西にある山々の奥には昔からドラゴンが棲んでいるため、禁足地となっているという。
その麓の森に入った冒険者の幾人かが、遺体──それも魔獣に食い荒らされた状態──で発見された。いずれも単独行動していた者であり、複数で行動している者は被害に遭っていない。また、目撃者などもいなかったが、遺体に残された痕跡により、大型魔獣であることが想定された。
そのため、王国で活動しているBランク以上の冒険者が計8名集められた。この中にダニエルが入っているのは、彼に実績を積ませようという王国と神殿の思惑がある。
そして、彼らが招集され、依頼の説明のために案内された部屋で、ダニエルがやらかした。
「まだ、子供じゃない。冒険者ギルドはいつから、こんな子供をこき使うようになったの? それとも部屋を間違えたのかしら?」
ポツリとそう言ったのは、《森の聖女》と呼ばれるAランク冒険者、美貌のエルフ、シーラだった。美しく輝く絹のようになめらかな金色の髪を左右で編み込み、それを高く結い上げ、ほつれる事なくぴっちりと髪飾りでまとめている。人形のような白皙の細面に小さすぎる顎、細く整った鼻梁、大きな碧の瞳を長い睫毛が縁取っている。
女性にしては長身で、美しさを損なわないギリギリの痩身は、ほっそりくびれている腰以外にほとんど凹凸がない。エルフを見慣れぬ者であれば、その鈴の鳴るような声がなければ、男女の区別がつくかも怪しい。美しく整ってはいるが、色気や闊達さや生気のようなものをあまり感じない、清楚かつ幻想的で静謐な印象の美女である。
その言葉にはあまり抑揚がなく、温度を感じさせない表情と視線で、路傍に転がる石を見るような、ただそちらの方を向いたという顔で、ダニエルとその背後に立つオラースを見た。
他の者も口には出さなくても、明らかに未成年の少年がこの場にいる事に、怪訝そうな、あるいは不審そうな視線を向けている。
オラースが彼らに対し、説明しようとしたところで、ダニエルが大声を上げた。
「頼む!! 今宵、俺の褥でその美しい金髪を下ろし、乱れた姿を見せてくれ!」
唖然とするオラースの目の前で、足早に歩み寄って来たシーラが、薙ぎ払うように平手で叩いた。
「死ね、下郎」
室内にやけに響く鋭く高い音と共に、ダニエルが椅子から転げ落ちた。オラースがハッと我に返った時には、シーラは部屋を出て行くところだった。
「いってぇ……」
びっくりしたように目をパチクリさせながら、ダニエルが起き上がり、椅子にかけ直した。
「見た目より気性激しいな、あの美人。でも、おとなしそうに見えて気が強いって、良いよな」
「あなたは何を言ってるのです、ダニー」
「これという美女を見掛けたら即座に口説けって言われたからさ、ほら、そういうのって競争率高いし、他に取られるとか惜しいだろ? 見つけたら即ツバつけとかないと」
「……意味を理解した上で言ってるんですか?」
「そのつもりだけど? 何、なんかおかしい?」
「あなたの言動の大半はおかしいと思いますが、これは極めつきです。何故あのような事を言ったのです。不適切なことを、不適切な時、不適切な場所で口にするのは大変危険で、なおかつ迷惑になります。当事者以外にとっても」
「おかしい、どうして叩かれたんだ」
悪気の欠片もない、むしろ困惑の表情を浮かべて唸る少年に、オラースは頭痛と眩暈を覚えた。
(ああ、どうかこの哀れな少年に、神のご加護を)
オラースにとって、ダニエルは憂鬱の種を蒔く、小さな嵐だった。規模は局地的だが、場合によっては被害は甚大。しかもいつ、どこで何をやらかすか、その時にならなければわからない。
エルフの魔術師かつ精霊術士であるシーラは《森の聖女》と呼ばれているが、その術の攻撃力や威力は一人で万人分、怒らせると恐ろしい上に執念深く、十年二十年は根に持たれかねないと噂されている。
決まった人物とパーティーを組むことはなく、一件穏和に見えるが、気まぐれで気難しい面もある。だが、概ね子供には優しいと聞いていたため、オラースは油断していた。
(まさか、彼女がそういった軽々な言動を厭うと知って、あのような事を言ったわけではあるまいな)
シーラの二つ名が《聖女》なのは、その潔癖ぶりも含めてである。彼女がエルフである事もあり、人間は恋愛対象外なのかもしれない。噂に聞く報復の手厳しさからすれば、平手打ち一つで済まされたのは、軽い方かもしれない。
(だが、どういうつもりだ?)
賢いとは言い難い、しかし、それほど愚かでもない少年の突飛な言動に、オラースは憂鬱になった。
依頼とかまで書くと長くなるのでスパッと切りました。
ダニエル主人公で書く機会があれば、キッチリ書くかもですが。
オラースは苦労人。
以下修正。
×見ただ
○ただ