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ビスケット2

「ビスケット」「キライ」の後の話。主にアラン視点。後半暗い話になります。苦手な方はご注意下さい。

「あ」


 アランは弟クリストフに与えようとしたビスケットを、誤って地面に落としてしまった。

 その瞬間、木陰から金色の毛をなびかせた何かが走り寄ると、素早く口で加えてそのまま駆け去った。


「にーちゃ、ビスケット」


 アランは半ば呆然としながら、催促されるまま新しいビスケットを取り出し、クリストフに手渡した。両手でビスケットを持って咀嚼する弟をぼんやり見つめながら、アランは今見た光景を思い返す。


(あれ、この前の子だよな)


 体格などから二・三歳ほど年下と思われる金髪碧眼の少女だが、


「……悪化してる」


 見間違えでなければ、ほぼ四つん這いで走っていた。かろうじて足で走ってはいたのだが、前屈みで猿のように時折両手を地面に打ち付けるようにしていた。

 しかも拾う際に速度を緩めはしたが、一度も止まらなかった。


「しかも、前に見た時より痩せてたな」


 アランは眉間に皺を寄せた。


「にーちゃ」


 クリストフの声に、反射的にビスケットを渡しながら、考え込む。


(俺はどこの誰ともわからない相手に餌付けはあまり良くないと思うんだが、かと言って、見捨てて死なれたら後味悪いよな)


 家族が最近見掛けないと言っていたので、安心していたのだが、もしや病気や怪我でもしていたのだろうか。チラリとしか見なかったが、髪や服なども前に見た時よりみすぼらしくなっていたし、何より靴を履いていなかった。


「夏とは言え、さすがに裸足はな」


 ウル村は田舎である。土があまり良くないのか小麦の収穫量はそれほど多くはない。税として出す分以外はわずかしか残らないため、村人の多くは大麦・燕麦・蕎麦や豆や芋などと野菜、ヤギの乳やチーズ、たまに獲れた獣肉なや森で採れた木の実や野草などを食べて生活している。

 隣のシレル村は小麦の収穫量が多いため、人口はウル村の三倍近くあると聞いた事があるが、アランは行った事がないため、どんな村なのかあまり良く知らない。

 ウル村は行商が年に数回しか来ないため、緊急で欲しいものがあったり、農具などの修理をしたい時は、隣村へ行くことになっている。行くのは成人した男性だけなので、アランは父や祖父に聞いた話しか知らないのだ。


(それにしても、あの子、村に住んでるのかな)


 アランの母が知らなかった事からして、疑問である。ウル村は住人のいる家が四十軒しか存在しない。中には一人か二人くらいしか住んでいない家もあるが、多くて八~十人、平均して五人くらいであり、小さな村で新たな移住者・転住者が皆無なため、そのほとんどが顔見知りである。

 行き来が制限されておらず、村全体を囲む獣避けの囲いはあるものの、外部からの侵入者が皆無とは言い難い。貧しい村なので、商人も盗賊も寄りつかないし、魔獣被害もないため冒険者も来ないため、門などもない。

 一応、不定期に村の成人男性が集まる会合があるが、実質理由をつけて酒を飲むための会である。


(ばあちゃんに聞いてみるか)


 アランの母方の祖母は薬師であり、村一番の物知りである。村のことなら知らない事はほぼ皆無であり、村の外のことにも詳しい。というより、村の外のことに詳しいのは、彼女だけである。


「にーちゃ」


「そろそろやめておこう、クリス。食べ過ぎると夕飯が食べられなくなるぞ」


 ビスケットを催促する弟の頭を撫でながら、アランがそう諭すとクリストフは涙目になった。


「うぅ」


「……これで、最後だからな」


 アランは弟にビスケットを手渡した。



   ◇◇◇◇◇



 アランはクリストフを連れて、祖母の家を訪ねた。


「たまに見掛ける金髪の少女? ああ、時折話は聞いてるよ」


 母方の祖母、リュシーは夫に先立たれ、子供が全員独り立ちしたため、現在一人暮らしである。入口に近い部屋を診療と治療をするために開放しており、一日の大半を奥の一室で、薬を干したり調合することに費やしている。

 その隣の部屋は、彼女の書斎兼寝室となっており、その更に隣が居間兼台所である。祖母の淹れてくれた薬草茶の香りを楽しみながら話をしていたアランは目を輝かせた。


「本当?」


「だが、どこに住んでいるかは知らないねぇ。村の子じゃないのは確かだよ」


「え? じゃあ、いったいどこから来てるんだろう」


「村の噂話や目撃話からすると、出没場所は特に決まってないようだね。だが、村の中心部では誰も見掛けていないようだよ」


「って事は村の外れだけ?」


「そういう事になるね。あと、南部では目撃されてないから、北から来ているのかもしれないねぇ」


「北って森しかないよね? 街道は南と東だし」


「そうだねぇ。だが北の森は、子供が通り抜けられるようなところじゃないはずなんだよ」


「えっ、そうなの? じゃあ、どうやって来るんだろう」


「それは本人に聞くのが一番だろうねぇ。だけど、誰もその子と会話してないんだよ。見掛けてもすぐ逃げるせいもあるが、誰がどんな風に声を掛けても立ち止まらないし、こっちが気付いて見ている時は近付いて来ないらしいね」


「え?」


 アランは首を傾げた。アランが初めて見掛けた時は、そんなことはなかった。声を掛けても逃げなかったし、警戒はしていたが向こうから近付いて来た。


「俺が『欲しいならやるぞ』って言ったら、ゆっくり近付いて来て、くわえて逃げていったよ?」


「そうなのかい? ……そう言えば、子供達からの話は聞いた事がなかったね。だいたい彼女が現れるのは、皆が畑仕事している時間帯が多いからかねぇ」


「そうだな、俺が見掛けたのはどちらも午後だな。ってことは、移動するのに時間が掛かってるか、自由に行動できる時間帯がそのくらいだってことなのかな」


「そうかもしれないねぇ。考えたこともなかったが、もしかしたら大人が恐いのかもしれないねぇ」


「え?」


 アランはキョトンとした顔になった。


「村の大人達の話では、見掛けたと思ったら逃げられたって内容ばかりだったからね」


 祖母の言葉に、アランは眉をひそめた。



   ◇◇◇◇◇



 アランがいつものように、クリスを連れて木陰で休んでいると、件の少女が現れた。いつもと違って、クリストフにビスケットを与えつつ周囲を伺っていたため、金髪の少女が村の北東方面からやって来るのをはっきりと見た。

 少女はこちらが見ている事に気付くと速度を落とし、時折立ち止まりながらも、ゆっくりと近付いて来る。ようやくアランに少女の顔が見える距離になると立ち止まり、じっと見つめる。アランは苦笑しながら手招きすると、逃げもしないが近付いて来ない。

 アランは腰から下げた小さな袋からビスケットを取り出すと、少女に見えるようにかざした。


「これ、欲しいんだろ。あげるから、こっちへ来てくれ」


 少女の顔は人形のように整っているが、またたきする時以外はほとんど動かない。暫く見ていると、一歩ずつゆっくり近付いて来るが、一言も口を開かず、眉を動かすこともない。

 アランは首を傾げた。


「にーちゃ」


 クリストフがアランのビスケットを持つ方の腕を掴み、揺すった。アランがもう一方の手でビスケットを取り出し、手渡そうとすると、先に持っていた方のビスケットが奪われた。


「あっ」


 アランがそちらを見た時、既に彼女は背を向けたところだった。


「ちょっと待って! もっとあげるから!!」


 そうアランが叫ぶと、不意に走る速度を落とし、こちらを振り向いた。


「にーちゃ」


 催促するクリストフにビスケットを手渡し、袋の中から新たに三枚ほど取り出し、少女に見えるよう掲げた。少女は立ち止まり、暫くこちらを見ていたが、アランが新たに取り出したビスケットを突き出すと、ゆっくり近付いて来た。


「手を出して」


 アランが少女に言ったが、反応しなかった。


(……もしかして聞こえてない?)


 声に、言葉に反応しているように見えるのだが、彼女の表情は変わらないし、手を差し出す様子もなかった。


「手だよ、手。口じゃなくて、手を差し出したら、そこにこれを置くから」


 アランがそう言いながら、ビスケットを持っている方の手を、もう一方で指差した。


「にーちゃ」


 空気を読まないクリストフが両手を差し出してくる。


「お前、そろそろ食べ過ぎだろ」


 アランは呆れつつも、クリストフの手の上にビスケットを一枚乗せた。その様子を見て、少女が立ち止まり、自分の手の平を見た。


「そうだよ、手だ。手の上に乗せるから出してくれ」


 アランが頷きながら言うと、少女はおそるおそる右手を差し出して来た。何故か手の甲を。アランは違う、と言いかけて、その手を思わず凝視した。


「え?」


 少女の手には、何本もミミズ腫れのような傷痕が走っていた。


「ちょっ、これ、どうした!?」


 思わずアランが手を取って叫ぶと、少女はビクリと肩を振るわせた。


「何だよこれ、痛くないのか?」


 アランが尋ねても、返事はない。黙って見返してくるだけだ。アランは慌ててもう一方の手を掴んで見ると、同じような傷がある。うっかり手首を掴んだため、少女が僅かに顔をしかめたのに気付き、アランは慌てて手を離した。


「ごっ、ごめん! 痛かったよな、悪かった。でもこれ、治療した方が良いだろ。ちょっと来て、」


 アランが言い掛けるが、途中で少女が背を向け駆け出そうとしたので、慌ててその背に触れると、少女が崩折れた。


「ええっ!? ちょっ、大丈夫か!?」


 アランは慌てて屈み込み、おそるおそる少女を抱き起こした。少女の身体は細く、軽く、熱かった。


「熱があるのか?」


 返事は無い。慌ててアランはクリストフに言った。


「クリス! 誰でも良いから、誰か近くにいる大人を呼んで来てくれ!! 倒れた人がいるって言えば、来てくれるから!」


「ん」


 クリストフは頷いて、とてとてと歩き出した。アランは少女を急いで木陰に寝かせると、腰から下げている水筒を手に取り、少女の口元へ近付ける。


「水だ。飲めるか?」


 少女は目を開けてはいるが、無反応だった。アランは一瞬躊躇したが、水筒に口を付けて含むと、少女に口移しで飲ませた。相手の口に含ませた後、嚥下したのを確認して、どうやら意識はあるようだと安堵する。更に三口ほど飲ませたところに、クリストフが戻って来た。


「どうした、アラン」


「オレールさん、良かった! あの、彼女、熱があるみたいで倒れたんだ。ばあちゃんのところへ連れて行こうと思うんだけど、俺じゃ運べないから」


「……ああ、時折見掛ける子だな。最近見掛けないと思ったら、具合が悪かったのか。よし、わかった。急いで運ぼう」


 オレールが近付くと、慌てて少女は飛び起き、逃げようとした。が、フラリとよろめき倒れ掛け、アランとオレールが両側から支えた。


「大丈夫だ」


 アランがそう言って、少女の頭をそっと撫でた。少女の瞳が大きく見開かれた。


「オレールさんは良い人だから、大丈夫。痛いことや恐がるようなことは、絶対しないから」


 アランはできるだけ優しく、恐がらせないようゆっくりと少女の髪を撫でた。


「俺のばあちゃんは薬師なんだ。薬は苦いけど、絶対良くなるから。な?」


 アランがそう言って笑うのを、少女は無言でジッと見つめていた。おとなしくなった少女を抱き上げ、祖母の家へと運び、診療用のベッドの上へ寝かせた。


「ばあちゃん! 病人だ!! 怪我もしている! 診てくれないか!!」


 入口で大声で叫ぶと、奥の部屋から祖母が現れた。


「やれやれ、アラン。そんな大声出さなくても聞こえるよ。……おや、見掛けない子だね」


「この子が昨日話した子だよ。熱を出してるんだ。あと、両手を怪我している」


「怪我?」


 そう言って祖母は、グッタリとしている少女の手を見て、眉をひそめた。


「アラン、しばらく外にいるか、奥で待ってな」


「え?」


 アランはキョトンとした顔になった。


「オレール、あんたはどうする? たぶん、時間が掛かると思うが」


「そうか。なら、畑仕事の途中だから、畑に戻る。人手が必要なら、声を掛けてくれ」


「いや、たぶん今日は動かせないだろうね。更に熱が上がって寝込むだろう」


「そうか。なら、俺は帰る。アラン、クリス、日が暮れる前には帰った方が良いぞ。じゃあな」


 そう言って、オレールは立ち去った。


「ばあちゃん、そんなに酷いのか?」


「それはこれから診なけりゃわからないさ。でも、これはたぶん、全身傷だらけだろうねぇ」


「……え……な、なんで!?」


「それはわからないね。それよりアラン、この子の裸を見る気かい?」


 そう聞かれて、アランは飛び上がった。


「ごっ……帰る! 帰るよ!! あ、あのさ、ばあちゃん!」


「何だい?」


「明日の朝、来ても良いかな」


「彼女が起きられるかどうかはわからないが、それでも良いのかい?」


「傷の具合とか、治るかどうか、気になるから」


「まぁ、だいたいで良いならわかるだろうね。それで良ければ、教えてあげるよ」


「ありがとう、ばあちゃん。じゃあ、俺、もう行くから。……あ、それと」


 アランは腰から下げていたビスケット入りの小袋の紐を解いて外した。


「これ、元気になったら食べてくれ」


 そう言って、少女の枕元へ置く。少女はそれを目で追い、アランが手を離すとアランの顔に視線を向けた。ぼんやりとした目つきではあるが、きちんとこちらを見ている。


「明日、また来るから。じゃあ、ばあちゃん、頼むよ」


「ああ、わかったよ」


 アランは二人に背を向け、クリストフの腕を取って、祖母の家を後にした。それを見送り、リュシーは少女に目を向けた。


「じゃあ、悪いけど服を脱がすよ。じゃないと治療できないからね」


 少女は、リュシーを真顔でジッと見つめる。リュシーは彼女を脅えさせないよう、ゆっくりと優しく服を脱がせた。


「……おや」


 リュシーは眉をひそめた。


「これは酷い。こんな子供に、こんなものを付けるとは」


 少女の首には、古代魔法語の刻まれた金属製の首輪がはめられていた。


「……これは厄介だねぇ……」


 そう言いながら、お湯で濡らした清潔な布で、少女の身体を拭っていく。


「ごめんよ、あたしにゃ、この首輪を外すことはできないんだ。でも、傷の治療と熱冷ましの薬はあげるよ。気休めにしかならないかもしれないが……さすがに貴族を敵に回すような事はできないのさ」


 薬師の老婆の言葉に、少女は無言で目を閉じた。

というわけでオチが救われません(汗)。

とりあえず4章終わらせてから、ウル村生贄事件の話を書く予定です。


以下修正


×熱が上がるって

○熱が上がって

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