友達
レオナールおよびアラン視点。十三歳頃。
レオナールは村の中を一人で歩いていた。彼の姿を見てヒソヒソ話をしながら、歩き去る村人達。それをぼんやりと見ながら、村の外れの川縁へと向かう。
《混沌神の信奉者》が村の郊外にあった打ち捨てられた廃墟──古い神殿──で、村人四名とレオナールを生贄にした儀式を行った事件から、一週間ほどが経った。
レオナールは喉元近くから下腹部に掛けて切り裂かれはしたが、内臓を取り出される直前に、ダニエル他七名の冒険者が現場に駆け付け、阻止・制圧したため、助かった。
傷は現場に居合わせた高位神官──ダニエルの元パーティーメンバー、光神神殿所属の司祭のオラース──が回復魔法を行使して、現在は傷一つない。
レオナール自身は、拉致される直前に強力な睡眠薬を飲まされていたため、全く記憶にないのだが、ダニエルと共に現場に来て、まともにその惨状を見てしまったアランは、レオナールと顔を合わせる度に苦しげな表情になったり、目をそらしたり、喋り方がぎこちなくなったりしている。
そして、彼は鶏肉を自分で料理しなくなった。
(正直、だから何、としか思えない)
関係者に儀礼的な礼はしたが、所詮記憶のない間の事柄である。もう少しで死ぬところだったと言われても全く自覚はない。それ以前に、死んだからといって何なのだとしか思えない。
だから、アランの戸惑いやぎこちなさ、彼の苦痛──なのだろうか?──や悩みも理解できない。そして、レオナールが目覚めた時、アランが泣いた理由もわからなかった。
(何故なのかしら)
そんな具合なので、救出作戦に参加した冒険者や村人達の労るような表情の意味も理解できていない以前に、気付いてもいない。
事件前も後も、レオナールの内面には特に大きな変化はない。以前との違いは、屋敷に閉じ込められなくなったこと、隷属の首輪が外され、奴隷身分から自由民扱いとなったこと、現在はアランの家に滞在していることだ。
そして、ダニエルは一連の事件の後始末や、レオナールを平民とすること、シーラの犯罪奴隷契約を解除する事に奔走している。
(それって、必要なのかしらね)
レオナールは何故、彼がそれらに真剣になっているのか、理解できない。そんなことより、剣の手ほどきや鍛錬をして欲しいと思う。
「レオ!!」
アランが名を呼びながら、駆け寄って来た。
「レオ、こんなとこにいたのか。探したぞ。ほら、どうせまだ飯食ってないんだろ? 朝飯はちゃんと食えって言ってるだろ。今日はハムとチーズを挟んだパンだ。これは、レモネードだ」
そう言ってアランはレオナールに、草の葉に包んだパンと、水筒を手渡した。アランの汗ばんだ額を見て、レオナールはわずかに目を細めた。
「……どうしてアランは私に近付いてくるの?」
前から不思議に思っていたことだった。最初は理解できなかったが、何故か頼んでもないのに、幾度か食べ物を渡して来る事もあった。
それがアランの自発的な行為である事に、うといレオナールはしばらく気付かなかった。その時点では、レオナールは人の顔や姿を区別していなかったし、個人を識別していなかった。その中に、おかしな行動をしている個人がいる事に気付いて、ようやくアランを認識した。
しかし、彼が何故そんな事をするのかは理解できなかった。
「どうして? そりゃ決まってるだろ。俺とお前は友達だからだ」
真顔でアランに言われたレオナールは、わずかに目を見開いた。友達、という言葉を聞いたことがないわけではなかったが、意味は知らなかった。自分に対して使われる言葉ではなかったからだ。
「友達……ねぇ。それって実際どういうものなのかしら?」
だから、純粋に疑問に思ってそう言ったのだが、それを聞いたアランは不満そうな顔になった。
「おい、レオ。さすがにそれはひどくねぇか」
「そう? でも意味がよくわからないの。どういう意味かしら」
レオナールは困惑していた。だが、顔の筋肉をあまり動かした事がないので、表面的には変化はなかった。正直に尋ねると、アランはぽかんと口を開け、驚愕した顔になった。
「……あー、つまり、言葉の意味が理解できない、と?」
「うん」
レオナールがコクリと頷くと、アランは真顔になった後、
「友達ってのは、その、つまり……えーと……一緒に遊んだり、仲良くしたり……その、……」
何故か途中で視線をさまよわせ、はっきりしない口調になり、赤面し、途方に暮れたような顔で、ついには口ごもりながらボソボソと聞き取りづらい声で言う。
普段、滔々とした口調でよどみなく、何事もはっきりキッパリ断言しがちなアランにしては珍しい事だ。レオナールは不思議に思った。
「どうしたの?」
「その、時には喧嘩したり、だな……。とにかく対等の……」
喧嘩はたぶんわかる。いさかい、とも言うものだ。それが何かをきちんと理解できているかどうかは怪しいが。しかし、アランの言ってる意味がさっぱりわからない。
「『対等』って何。どういう意味? 『仲良くする』って? 『遊ぶ』ってのは、アランが時折使う言葉よね」
「……っ!!」
レオナールが尋ねると、アランが大きく目を見開き、息を呑んだ。
「悪いっ! レオ!! また後で!!」
アランはそう叫ぶと、レオナールから逃げるように、駆け出した。
「……何?」
レオナールは首を傾げた。元々、アランの言動の大半は理解できないが、珍しいと言って良い不思議な行動だった。
「もしかして、小用でも我慢してたのかしら」
別に気にせず行けば良かったのに、と思いながら、レオナールはアランの背中を見送った。
◇◇◇◇◇
「というわけで、レオにどういうふうに説明したら良いか、困ってるんです!」
アランはダニエルに泣きついた。
「ふうん。そんなの適当で良いんじゃないか? だいたいわかれば良いだろ」
ダニエルは茶を飲みながら、のんびり頬杖しながら答えた。
「え? でも、それじゃレオに通じないでしょう?」
アランはキョトンとした顔になった。ダニエルが苦笑する。
「おいおい、友達っての、言葉で説明するような関係か? それで仮に理解できるものかよ。そういうの、態度や経験で学習するもんじゃねぇの?」
アランはそう言われて、ハッとした顔になる。
「難しく考えないで、腹を割って話してみたらどうだ? あいつもやっと普通に会話できるようになったんだ。相手と会話できるなら、いちいち察したり考えるより、実際に話して擦り合わせた方が早いだろ。
一口に友達っつったって色々な関係があるだろ。口で教えるより、実際に体験する方が早いし、わかりやすい。些細なことで悩んだり、難しく考え込んだりするのは、お前の悪い癖だな」
ダニエルは笑いながら言って、アランの頭をクシャクシャと強めに撫で回した。
「そう……ですね」
アランは思わず溜息をついた。
「必ずしもそれが悪いとは言わねぇよ。そうした方が良い場合もあるしな。でも、考えても仕方ないことは、実際やってみた方が良い。別に急ぐ必要はないだろ?」
ダニエルが宥めるような口調で優しく言うと、アランは輝くような笑顔になった。
「はい、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げるアランに、ダニエルは思わず笑った。
「ハハッ、たいしたことは言ってねぇよ。それに『友達』が何かお前があいつに説明したいなら、お前の言葉で素直に言ってやれば良い。
俺は気付いたらなってるのが友達だと思ってるが、お前にはお前の定義があるだろ? レオがそれをどう考えるかは知らないが、参考にはなるんじゃないか」
「そうか、そうですよね。俺、レオと話して来ます!」
「おう、頑張れ少年」
そして明るい笑顔で駆け出すアランを、ダニエルは苦笑しながら見送った。
「……うわぁ、青春だな。あんな嬉しそうな顔しやがって。なんか子供と真面目な話とか相談聞くと、こっちが照れ臭い気分になるな。俺も弟──アドルフも、そういうこそばゆい経験皆無だもんなぁ」
ダニエルはこれまで、どちらかというと子供は苦手な方だと思っていたのだが、アランとレオナールのことは可愛いと思っている。自分にそんな感情が存在した事に、正直戸惑いもあるが、楽しんでもいる。
「……まぁ、あいつらちょっと、面白いよな」
アランが聞いたら異論がありそうな事をポツリと呟き、ダニエルはニンマリ笑った。
「さて、どんな反応するのかね」
おそらくアランは報告もしてくれるだろう。ダニエルは、彼を律儀な子供だと思う。
「今まで子供ってのは、うるさくて扱いの難しい生き物だと思ってたんだけどな。色々なやつがいるってことなんだろうが、面白いもんだな」
二人の共通点は、普通の子供なら泣きわめくような事をしても、文句は言ってもへこたれずに自力で立ち直っている、という点だろうか。
「あいつら、反応も面白いけど、意外とタフで根性あるんだよな」
だから、ダニエルでも相手ができるのだろう。
◇◇◇◇◇
「レオ!」
アランは先程会った場所にまだレオナールがいるのを見つけて、駆け寄った。
「何?」
レオナールはいつも通りほぼ無表情な顔で、アランを見た。アランは息を整えながら近寄った。
「あのな、レオ。さっきの『友達』の話だけどな、友達ってのは一緒に楽しく遊んだり、思ったこと気軽に話せたり、心を許して楽しく飯が食える関係だと思ってる。
人によって定義や考え、感じ方が違ったりするから一口に説明するのは難しいけど、俺は、例えば俺とお前の関係みたいなやつを友達って言うんだと思ってるよ。
レオは俺のこと、どういうふうに感じてる?」
「どういう意味?」
「難しいことは考えなくて良い。お前にとって俺はどういう人間だ? あ、わざわざ言葉にしなくて良いぞ。そういうの期待してないし、お前がどう考えてようと、俺はどっちでも良いからな。
正直お前のこと変なやつだと思ってたし、今もそう思ってる。けど、嫌いじゃないし、一緒にいて苦にならないし、変なやつだけど面白いとも思ってる。
なんか放っとけないし、危なっかしいから、目が離せない。お前、ちょっとでも目を離したら、とんでもない理由で死にそうだし。
お前が嫌じゃなかったら、冒険者として一緒に修行したりパーティー組むついでに、お前が自立できるまでこれからも面倒みてやる。
お前の嫌なこと面倒なことは俺がやってやるから、代わりにパーティー組んで前衛やってくれ。俺は魔術師で戦闘するには必ず詠唱が必要だから、仲間がいる。
レオ、お前は前に出て剣を使うのが好きなんだろ? でも、お前にも仲間は必要だよな。一人で冒険者やるとなったら、嫌なこと面倒なことも全部一人でやらなきゃならない。
でも仲間がいたら、嫌なことや苦手なことは分担・協力できるんだ」
さっきとは打って変わって、歯切れ良くキラキラした目で熱く語るアランを、レオナールは無言で見つめた。
(……なんか元気になった?)
やはり、アランはレオナールには理解できない生き物だと思う。
「レオは一人で全部できる自信あるか?」
真顔でアランに尋ねられて、レオナールはちょっと考えてから首を左右に振った。
「ない」
そう答えると、アランは大きく頷いた。
「俺とお前は全然違う。共通点がない。だけど、だから協力しあえることもたくさんあると思う。ダニエルさんみたいに、すごい人なら一人で何でもできるかもしれない。
でも、俺達にそんな力はない。もしかしたらこの先できるようになるかもしれない、でも今は無理だ。お互いのできないことを協力しないか、レオ。
俺はお前を友達だと思っている。できればお前にも友達だと思って欲しい。でも、強制はできない。だから、少しずつで良い。考えてくれ」
アランは真っ直ぐな目で、レオナールを見つめて言った。
「よくわからない。わからないけど便利そうね、友達って」
正直な感想を言うと、アランは微妙な顔になった。
「あのな、便利とか損得だとか、そういうのじゃないぞ、友達って。一緒にいて楽しいとか嬉しいとか、そういうのが友達だと思う」
そう諭すような口調で言われ、考える。
「なら、アランは友達かもしれない」
レオナールがそう言うと、アランはキョトンとした。
「え?」
「一緒にいると楽しいし、面白い。嬉しい、はよくわからない」
「……レオ」
「私、ずっと食べ物以外、興味なかった。食べ物以外に初めて興味持ったのはアラン。次が剣と師匠。でも、アランはよくわからない。わからないけど、見てると面白い」
レオナールの言葉に、アランが困惑した顔になった。
「面白いってどういう意味だ」
「さあ? どういう意味かしら」
レオナールが首を傾げると、アランは苦笑した。
「俺に聞かれてもわからないだろ。でも、まぁいいか。改めて、よろしくな、レオ」
レオナールはコクリと頷いた。
というわけで、前の更新が救いがないので、比較的ほのぼのな話を更新。
レオナール視点入ると、ほのぼの?ですが。
以下修正
×レオ
○レオナール(地の文)