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英雄の卵

人間相手の戦闘および残酷な描写・表現があります。

 物語や伝説の英雄譚が好きだった。自分もいつか剣を持って、様々な魔獣・魔物を斬り伏せ、ドラゴンと死闘を繰り広げたい。

 だが、残念ながら彼の故郷・アルツ村には剣が存在しなかった。


「斧や鉈やナイフが悪いとは言わないさ、だけどこれじゃないんだよなぁ……」


 アルツ村の狩人の長男ダニエル、今年十歳。深々と溜息をつきながら、鉈を振るって薪を割る。

 木の割れる小気味良い音が周囲に響き渡り、どこからか羊と山羊の鳴き声が聞こえて来る。

 アルツ村はシュレディール王国南東部の国境近くの山間の小さな村である。主に狩猟と放牧、それと芋の栽培などで暮らしており、毛で作られた糸を独特の手法で編んだ織物が名産品と言われているが、数年に一枚売れれば良いところ──つまりあまりパッとしない、自給自足の貧しい村である。


「兄さーんっ!」


 三歳下の弟、アドルフが駆け寄って来た。


「お、どうした?」


 ダニエルは鉈を降り下ろした手を止め、アドルフに尋ねた。


「母さんが、ガレットを焼いたから休憩しなさいって。あと今日の夕飯は兄さんが狩った鳥の肉だってさ」


「あれか……結構きれいな鳥だったから、貴族に売るのかと思ってた」


「羽毛は全部売るって。でも兄さんが仕留めた初めての大物だから、家族皆で食べるべきだって母さんが言ってたよ?」


「父さんと母さんがそれで良いなら、別に良いけど。でもたぶん剥製にした方が高く売れるぞ。番だし、大角梟にしてはかなり大型で毛づやも良かったからな」


 ダニエルが胸を張って言うと、アドルフは肩をすくめた。


「兄さんはすぐそういうことを。金はあると便利だけど、今年はわりと豊作だし、心配いらないのに」


「なくなってから慌てるより、余裕ある時に稼いでおくもんだ。うちの村がきびしい時は、近隣の他の村も皆きびしいんだから、その時になって慌てても、ない物はどうしようもないからな。

 食べ物を長く保存するのは難しいが、金は腐らないから、いつまでもおいておける。

 村に商人が来なきゃ金がいくらあっても宝の持ち腐れだが、いざとなったら村長の家の荷馬車を借りて、町へ買い出しに行けば良い。

 稼げる時に稼いだ方が、いざという時に役立つだろ」


「まぁ、そんなことより母さんが怒る前に帰った方が良いと思うよ」


「……そうだな」


 二人は慌てて家へと戻った。





 夕暮れ前のことだった。ダニエルは手慰みに古い木切れで、梟を彫っており、アドルフがそれを眺めていた。


「逃げろ!」


 父の常にない緊迫した声音に、彼はすぐそばにいた弟を抱き上げ、駆け走った。


「ちょっ、な、兄さん!?」


「黙れ」


 アドルフは理解してない。混乱している。わかっていたが、今は説明する時間と心身の余裕がない。

 しかし、アドルフは混乱のあまり父や兄の言葉が理解できていないようだ。


(説明なんかなくても普通気付くだろ)


 飛び交う矢羽、そこかしこで響く爆音と立ち上る火炎、喚声と悲鳴と怒号、そして濃厚な血と体液の臭い。

 隣国と戦争になるかもしれない、という噂話は何度か聞いたことがあった。しかし、そんな事にはならないだろうと言われていた。

 何より、先日そのために王国の第三王子が隣国トルシェラント王国へ護衛騎士団と共に赴いたという話だった。


(野盗か傭兵崩れでなければ、隣国の兵士だな)


 騎馬で駆ける姿を遠目に見ただけだが、その程度の判断はつく。

 森に駆け込み、以前目星をつけておいたブナの大木を目指す。枝の折れた先へ向かい、四本目の木を見上げると、


(よし、これだ!)


 彼は弟を木の二股部分に押し上げ、自分も素早く登る。


「なぁ、兄さん……」


「黙れって言ってるだろ」


 思わず睨み付けると、弟はビクリと肩を震わせ、固まった。彼は、弟を先日見つけた大角梟の巣穴へ蹴り込み、自分も飛び込もうとしたが、それが難しいことに気付いて、その場で身を伏せた。


「……確かにこっちの方にガキ二人が逃げたんだ」


「お前も本当趣味が悪いよな。幼い子供をなぶり殺しにするのが大好きと来てる」


「ハッ、それに付き合うてめぇに言われたかねぇな!」


「違いない!」


 下品に笑い合う男二人の声。脅えて泣きそうな顔で震える弟の顔を、彼は巣穴から手を差し入れて撫でてやる。

 ここで弟が泣き叫びでもしたら、二人揃って見つかるのは間違いない。


(武器が欲しい)


 手持ちにある武器ときたら、普段から持ち歩いている小さなナイフ一つきりである。できれば弓矢、でなければ鉈や斧があれば良かったが、そんな余裕はなかった。

 こちらへ歩いて来る男達は鎖帷子の上に、革の胸当てと籠手・脛当て、ブーツを身に付け、剣と槍と大振りのダガーを持っている。

 鎖子相手に小さな汎用ナイフでは心許ない。ギリリと歯を噛みしめ、男達を睨み付けた。



(せめて狩用の弓矢があれば)


 一昨日、この巣穴に棲んでいた大角梟の番を弓矢で仕留めたのは彼である。獲物を仕留めるより更に数日前、この番が何処に巣穴を作っているのか、この番が狩りをした痕跡から割り出した。

 最初に番の片割れを見つけてから一ヶ月半かかった。それまでの間、彼は散々森を歩き回って、ある程度までなら自由に歩き回れるようになっていた。

 頭で記憶したわけではない。村からの距離や位置をはかったわけでもない。強いて言えば勘である。


(ないものは仕方ない、か。せめて一人なら良かったんだが、さすがにそこまでバカじゃないか)


 兵士と思われる男二人は木の上の彼らには気付かず、そのまま通り過ぎた。


(痕跡に気付かなかった?)


 昨日は雨が降ったため、今日一日晴れていたとは言え、地面はまだ柔らかい。なるべく土の上を避け、草が多く生えている場所や木の根の上を走ったが、あまり効果があったとは思えない。

 彼は普段から歩きやすいように柔らかい革のサンダルとゲートルを身に付けている。


 腰から下げているナイフの柄を握りしめながら、立ち去りつつある男達の背を息を殺して見詰める。


「なぁんちゃって」


 男達が振り向くと同時に、彼は地面に飛び降りた。


「へぇーっ、感心感心。泣かずにオレらに立ち向かうつもりとか、勇気あるねぇ? な、相棒」


「ハハッ、んなこた欠片も思っちゃいねぇくせによく言うぜ。いたぶりがいあるガキで楽しみだ、の間違いだろ」


「あっはっは、バレてたか。じゃ、まぁ、お楽しみと行こうか」


「じゃあ、オレは弟の方を貰う」



(させるか)


 強く地を蹴りつけ駆け出し、男の一人とすれ違い様、ダガーを引き抜く。

 そのままもう一人の背後に回って、首筋を切り裂いた。


「グギャアアアッ!!」


「何っ!?」


 昔から目が良かった。暗い森の中でも平地とほぼ変わらない程度に、周囲を見渡すことができた。慣れれば目を瞑っていても森の中を歩くことができた。

 だが、一番狩りをする助けになったのは、動いている生き物の姿をはっきりと捉えることのできる能力、更に次にどんな動きをするか予測することができる能力だ。

 それは頭で考えるより先に、肌で感じて、身体が動く。


 相手が油断していたり、動揺しているなら好都合である。


 同じく残りの男もすれ違い様に喉をかっ切った。手入れのあまり良くない切れ味の微妙なダガーだったが、攻撃箇所を選び、程よい力加減で適切に動かせば、使えなくはない。

 もちろん、対人にはリーチの長い刃物を使う方が断然楽だ。しかし、平野ではなく障害物が多く視界の悪い場所では、ナイフやダガーの方が適していることもある。


「だけど、このダガーは論外だな。手入れも悪いが、扱いも悪い」


 まともに研いでない上に、使った後で汚れを拭き取ることも、定期的に油を引くこともしていなかったようだ。

 これでは剣の方も期待できない。もう一人の剣を鞘から引き抜き、その刃の状態を確認した。


(うん、こっちはまだ使えそうだな)


 そして男の腰から帯ごと剥いで身に付けた。


「……兄さん?」


 アドルフが怯えた顔で巣穴からこちらを見下ろしている。


「ちょっと待ってろ。村の様子を見てくる。ねんのためにこれ持ってろ」


 自分の元々の所持品であるナイフを革製の鞘ごと投げ渡す。


 そして、男達の足や腕を掴み、引きずりながら村へと向かった。アドルフが何かを話しかけてきていたが、ダニエルはほとんど聞いていなかった。


 胸が高揚する。初めて人を殺したのに、恐れるどころか熱気にたぎり、息が弾むほど興奮していた。

 そんなことを考えている場合ではないとわかっているのに、この状況を楽しんでいた。


(英雄に憧れていたわけじゃない)


 今ならそれがわかる。


(誰でも良い、何でも良いから、切った張ったがやりたかったんだ)


 そのための武器と大義名分と機会がずっと欲しかった。


(ああ、楽しい)


 沸き上がる気持ちが抑えられない。

 彼は幼い顔に獰猛な獣の笑みを浮かべていた。


 それが、反社会的で非人道的な欲求・喜びであることはわかっている。


「だが、相手が明確な敵なら、容赦や加減は必要ないよな」


 機会を待っていた。きっかけを欲していた。相手が誰でもかまわなかった。


「あっちから来たんだから仕方ないよな」


 歯を大きく見せて、威嚇のような笑みを浮かべ、嬉しそうに呟いた。

 こうして、後に『英雄』と呼ばれ、《疾風迅雷》と称されることになった剣士の初陣は切られた。


 後に《アルツ村の悲劇》《三ヶ月紛争》と呼ばれた最初の戦闘による死者は数百人。

 アルツ村の死亡者は村の子供二名を除く全員、トルシェラント王国側の兵士は、アルツ村に攻め入った三小隊の三分の二が重軽傷、残り三分の一が死亡し撤退した。

 シュレディール王国側の兵士がアルツ村へたどり着いた時、生き残っていたのはダニエルとアドルフ二人の兄弟だけであり、二人とも衰弱していたがダニエルは比較的元気だった。


「火を使うと、敵の兵士に見つかるかもしれないから、魔獣の血をすすり、肉を生で食べた。結構うまかったよ」


 そう笑って言った兄の言葉の真偽は、当事者のみが知る。

ちょっとアレげな師匠の初めての戦闘&英雄になるきっかけ。

真面目に書くと、人格的には多少問題あれどそれなりに英雄物語?になりそうですが。

俺様チートで時折ヘタレってありがちですよね。


以下修正。

×ガートル

○ゲートル

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