家族の団らん
「ビスケット」の直後のお話。アランとその家族(父と妹以外)の会話。
「金髪の女の子? ああ、あたしも見た事あるわね、その子。あなたが女の子の話をするとか珍しいわね、アランちゃん」
「アランちゃんはやめてよ、母さん」
アランは何故か楽しそうな顔の母クロエを睨むが、全く堪える風はない。ただいま家族揃っての夕食時である。彼の家は農家であるため、朝が早い。が、幼い子供達は大人と同じ時間に起床するのは難しいため、各自バラバラの食事時間となるので、夕食時くらいしか家族が揃うことがない。
アランの家族は、両親と兄二人、弟、妹の七人家族である。隣に父方の祖父母、少し離れたところに母方の祖母の家がある。隣と言っても、アランの足では半時近くかかる距離であるため、一人で行った事はない。
「ふーん、そっかぁ、アランちゃんもそんなお年頃なのねぇ、うふふ」
何か勘違いされている、という事はわかるのだが、アランにはそれが何か理解できなかった。
「ケッ、ガキのくせに色気づくとか、そんな暇があるなら家の手伝いしろよ」
アランの次兄エルネストこと愛称エルンがそう言い、アランの皿から猪肉の塊をかすめ取った。
「ちょっ、エルン兄! 俺の肉取るなよ!!」
「食事中によそ見するのが悪い。オレは父さんの仕事手伝って疲れてるんだ。オレのが余分に食うのは当然だろ」
笑いながら言って、奪った肉を口の中に放り込むエルネストを、アランは恨めしげに見た。が、既にエルネストの皿に肉は残っていない。
「よし、肉の代わりに野菜をやろう」
エルネストがアランの皿に自分の野菜を移そうとしたところ、
「……エルン」
エルネストの斜め左正面の椅子に座って、黙々と食べていた長兄レイモン、愛称レイが、チラリと横目でエルネストを見た。エルネストはギクリとした顔で、静止する。
「野菜はちゃんと食べろ」
「は、はい、兄さん」
元気で村一番の腕白坊主なエルネストは、アランに対しては横暴に振る舞いがちだが、レイモンには頭が上がらない。レイモンは寡黙だが穏やかで優しい、もうじき成人になる少年である。
アランの右隣に座るのがエルネスト、左隣が弟クリストフ、愛称クリス。クリストフは騒がしい兄達の様子に頓着せず、マイペースにゆっくり食べている。
エルネストがクリストフの皿から肉を奪わないのは、皿が遠いということ以上に、クリストフの皿の料理が全て彼のために軟らかく味が薄くなっているため、彼の食事を奪ってもおいしくないというのが最大の理由である。
「ごめんね、アランちゃん。あとはお父さんの分しか残ってないの。お母さんのシチュー食べる?」
すまなさげに言う母に、アランは首を左右に振った。
「いや、別に良いよ、母さん。そういえば父さんはどうしたの?」
「今日は会合があるんですって。いつもの飲み会だから、心配ないわ。一応名目というかお題目はあったような気がするけど、覚えてる人はたぶん一人もいないはずよ」
ニッコリ笑う母に、アランは少々呆れた顔になったが、言うだけ無駄なので諦めた。
「ところで、アランちゃん。金髪の女の子がどうかしたの? 何かあったのかしら」
わくわくとした顔で尋ねる母に、アランは困惑を覚えつつも答える。
「いや今日、クリスにおやつあげてたら、こっち見られてたから欲しいのかと思ってビスケット一つあげたんだけど」
「まあ! アランちゃんが女の子にお菓子をあげたの!? それでそれで!? どうしたの!?」
勢いづき、前のめりになる母に困惑し引き気味になりつつ、アランは答えた。
「なんていうか、すごく、おかしかったんだよな。見た目は変なところは何一つないのに、動作が人間ぽくないというかなんというか、まるで手の使い方を知らない、みたいな」
「えぇ? どういうこと? 珍しく歯切れ悪いわねぇ。良くわからないから、詳しく教えてくれる?」
そこでアランは、その少女?にビスケットを与えた時のことを、客観的な事実のみを説明する。
「それで、二本足で歩いてはいるけど、それが間違いなんじゃないかっていうレベルで野生動物みたいな動きだったんだよ。だから、いったいどこに住んでる子なのかと思って」
「う~ん、そうねぇ。あたしも良く考えたら、その子がどこに住んでるかは知らないわねぇ」
首を傾げる母に、アランは尋ねた。
「で、母さんはどこで見たの?」
「あ、そうそう。彼女、うちの台所で見たのよ」
「へ?」
アランはキョトンとした。誰か知らない女の子が家の中、それも台所にいるというのはおかしくないだろうか。
「なんで、そんなところで。っていうか、母さん、知らない家の子をうちに上げたの?」
「そんな記憶はないわねぇ。お掃除しようと思って台所に入ったら、いたのよ。それで、私に気付いたら燻製肉とパンをくわえて逃げちゃったのよね。すっごく早くて、ビックリしちゃったわ」
「えっ、それ、父さんか誰かに言った?」
アランはドン引きしつつも、ニコニコ笑う母に尋ねた。
「言ったわよぉ。そしたら彼女、他の家でも食べ物盗んでるみたいね。でも、そこまで大きな被害が出てるってわけじゃないから、ちょっとつまみ食いしたかったんじゃないかしら」
「……えっと、母さんは、怒ってないの?」
「どうして? あんな小さな女の子が、こんな小さな村で常習的にあんな事してるなら、よっぽど困ってるんじゃないかしらねぇ。
中には目くじら立てる人もいるでしょうけど、可哀想だから我が家が困らない程度なら、見て見ぬ振りしてあげようって思ってるわ。
この前はビックリしちゃったから、思わず大きな声出しちゃったけど、カロルがあんな風にお腹空かせてたらと思うと、いたたまれないもの」
カロルとは、妹カロリーヌの愛称である。まだ乳児なので、皆が夕食時にはお休み中である。アランは思わず眉間に皺を寄せた。
「あちこちの家からしょっちゅう食べ物を盗んでるんなら、それって問題になるんじゃないの、母さん。そんなに何回もあるなら、今日の村の会合の議題ってそれなんじゃ……」
「まっ、そんなどうでも良いことより!!」
どうでも良い?と首を傾げるアランに、母がニンマリ笑いながら言った。
「あの子、けっこうキレイな女の子だったわよね、アランちゃん。彼女と仲良くなりたいの?」
「仲良く?」
アランが不思議そうな顔をすると、母も不思議そうな顔になった。
「え、アランちゃん、その子と仲良くなりたいから、お菓子あげたんじゃないの?」
「いや、目線感じて、振り向いたらそこにいたから、欲しいのかと思ってあげただけだけど」
「えぇっ!? アランちゃんは、相手が野生生物とか、よそで飼ってる動物でも、欲しがってたら持ってる食べ物あげちゃうの?」
「まさか。野生生物やよその家の家畜に勝手に餌を与えちゃ駄目に決まってるだろ。一応人間の姿してたから渡したんだよ。相手が人間なら、そんなひどい事にはならないだろうと思って。
でも、相手が言葉や常識が通じないようなら問題外だし、下手に餌付けしてなつかれると困るから、」
「どうして困るの?」
何故かキラキラした目で見つめてくる母に、アランは怪訝な顔になった。
「ねぇ、母さん。どうしてそんな期待するような目をしてるんだ?」
「だって、ようやくアランちゃんに来た春ですもの!」
「春はもう過ぎて、今は初夏だよ、母さん」
冷静にツッコむアランに、母はクスクスと笑う。
「うふふ、やぁね。そういう意味じゃないわよ。アランちゃんたら!」
アランにはさっぱり意味がわからない。食事に戻ろうと手元に目を向けたところ、野菜が載せられた皿以外の皿が全て空になっていた。
「えっ……」
絶句するアランに、ニヤニヤ笑うエルネストが無慈悲に告げる。
「食う気がないようだから、代わりに食ってやったぞ、アラン。感謝しろよ」
「ふっ……ふざけんな!! ひどい! 横暴だ!! 返せ!! 今すぐ全部返せよ!!」
「ハハッ、もう食っちまったから無理に決まってんだろ! バーカッ!!」
大騒ぎする兄達を尻目に、シチューに浸かった最後のパンを口に入れて咀嚼し終えたクリストフが満足そうな顔でお腹をさすった。
「あら、クリスちゃん。眠たそうね」
「ん、もう、寝る」
「そう。一人でベッドに行ける? それとも連れていってあげましょうか」
母の言葉に、眠たげな目でぼんやり見上げるクリストフ。そこへ既に食事を終えていたレイモンが歩み寄る。
「クリスは俺が連れて行くよ、母さん」
「あら、そう。頼んで良いかしら」
母の言葉にコクリと頷くレイモン。それから目をこするクリストフを抱き上げ、寝室へと向かった。
「うふふ、レイは将来良いお父さんになりそうね」
嬉しそうに息子を見送り、騒がしい次男と三男へと目を向ける。床の上でつかみ合っているが、大きな怪我をする様子がない事を確認し、クロエは後片付けに取り掛かることにした。
「エルンとアランは本当、まだまだ子供ね。それがまた可愛いけど」
クロエは幸せそうに微笑んだ。
男の子が三人いると、食事量がものすごい!というイメージです。
個人差はありますが。
レイ「……(またやってる。懲りないな)」
エルン「このリア充が!!」
クリス「お腹いっぱい。眠い(自分に被害がなければどうでも良い)」
以下修正
×更
○皿
×エルンスト
○エルネスト
×俺は父さんの仕事手伝って
○オレは父さんの仕事手伝って
×あら、クリス
○あら、クリスちゃん