ビスケット
「レオナールとアランの出会い」をアラン(7歳)視点で。
アランは、初めてレオナールを見たのがいつだったか、良く覚えていない。時折見掛けない女の子がいるな、程度の認識だったと思う。
アランはウル村のごく普通の農家の三男坊として生まれた。長男は七歳上、次男は二歳上で、すぐ下の弟(四男)が三歳下、その更に下の妹が六歳下だった。
家族ほぼ全員が、力と体力自慢な中、アラン一人だけが筋力も体力もあまりなかった事が彼の不運であった。
持病もなければ虚弱というわけでもないのに、他の兄弟に出来る事が出来ない事を、疎まれはしなかったが不思議がられた。
他の家の子供達を見る限りでは、彼の家族が異常なことはわかったが、それでもアランが生まれつき非力で体力に恵まれていないのは明らかだった。
だが、村のほとんどの住人が農夫であるウル村で、日中日の当たる場所で作業したり、力仕事などができないアランは、奇異に見られた。
口さがない者などは「無駄飯食らい」とあざけり、その内幾人かは、彼の姿を見ればあからさまに侮蔑した。
アランは家の中のこと──母親の手伝いや弟妹の世話など──を担当する事になった。彼の記憶では、すぐ下の弟が乳児だった頃に、レオナールの姿を見かけた事はなかった。
弟が、おんぶしなくても自力で外を歩けるようになった頃くらいから、時折見掛けるようになった。
ただ、アランは女の子という生き物が、見た目は愛らしくても対象外の相手にはどれだけ残酷になれるかを、既に経験していたため、少女の姿のレオナールに自ら近付こうとした事はなかった。
レオナールも、アランを含めた村の子供達に近付く様子はなく、不定期に現れては、気付いたら見えなくなっている事が多かった。
あれは自分が七歳の春頃だっただろうか。固めに焼いたビスケット──小麦粉を水で溶いてこね、ナッツ類や乾燥した果物などを混ぜた生地を薄く伸ばしてかまどで焼いたもの──を、木陰で弟に与えていた時、強い視線を感じた。
それに気付いたアランがそちらを見ると、レオナールが無言無表情でジッと見つめていた。正確にはアランの手元と、弟の口元を、である。
その目付きには少し心当たりがあった。めったに泣く事がない妹が、ミルクを欲しがる時の目に似ているような気がしたのだ。実際はどうだったのかはわからないが、そう思ったアランはレオナールに声を掛けた。
「これ、食べるか?」
そう尋ねたアランをレオナールはジッと見つめた。
「欲しいならやるぞ」
そう言って一つ差し出す。レオナールはしばらくそれをジッと見つめ、警戒するように周囲に気を配りながらゆっくり近付くと、アランの三歩手前でピタリと停止した。
(なんか野生動物みたいだな)
ウル村の近辺に危険な魔獣・魔物はほとんど出ない。故に近隣には凶暴ではない弱い鳥獣・魔獣が生息しており、中には村の作物を狙って、やって来るものもいたため、村の外に出なくても野生の動物を見る機会があった。
猪より兎や猫型魔獣に似ているような気がする。そう思ったアランの手に、大きな口を開けたレオナールがパクリと噛みついた。
「えっ!?」
歯を立てられるような事はなかったが、手の甲を柔らかい唇がかすかに触れた。幼い弟が食べやすいようにと、平たく細長く切ったビスケットの先が、レオナールの口から飛び出している。
四つ足でこそなかったが、それは人というよりは、動物のように見えた。それをくわえたまま、レオナールはクルリと背を向け、音もなく素早く立ち去った。
「何だ、あれ……」
アランは呆然と見送った。
「兄ちゃ、ビスケット」
弟に催促されて、新たなビスケットを手に取り、渡した。弟は両手で受け取り、すぐ口に運んだ。そしてそれを咀嚼する様子を眺め、アランはぼんやり考えた。
(そうだよな、普通は手を使って受け取って、自分で持って口に運ぶよな)
あれは何だったのだろうか、とアランは考えた。服装は上質なものであり、良く手入れをされた長い髪などの状態から裕福な家庭の娘と思われたのだが。
(良い家のお嬢様が口に食べ物くわえて運ぶかな)
アランは首を傾げた。この時、レオナールに『良くわからないけど、黙って餌をくれる人』認定された事には気付かなかった。
「ビスケット」完。
だいぶ前にガラケーのメールで書いたものを手直し&UP。
読まなくても良いけど、本編に時折話がチラッと出て来るので掲載する事にしました。
こっちはサクッとショート~短編くらいの分量のものを上げて行く予定。
警告は「生贄事件」などごく一部のため。それ以外は本編よりはほのぼの?な話が多いはず。
レオナールについて外見描写がほぼ皆無なのは、アランが興味ないからです。
この当時のアランは「女の子=敵に回すと恐ろしい生き物」です(ある意味間違いじゃない)。
以下修正
アラビア数字を漢数字に変更(年齢)。
×なかったと記憶している。
なかった。