side R
いつもお読みいただきありがとうございます。本日2話更新しています。
「良かったんですか、ロイシュさん」
「良いと思う?」
「…すみません」
「はは、冗談。良いんだよ、これで」
アヤの部屋から逃げるように訪れた先は、兄上の部屋だった。
そこには兄上から何か聞いたのか、ミサキの姿まである。
結局俺は何かに依存しなければ生きていけないらしく、今もこうして依存の第一被害者である兄上の元から離れられない。
口ではどう殊勝なことを言ったって、ちっとも大丈夫じゃないことくらい間違いなくバレてるだろう。
「ロイシュ、大丈夫なのか」
「兄上。大丈夫じゃないです、全くもって。足に力入らないです」
「ロイシュ」
「けど、良いんですよこれで。俺はマサヒロには敵わない、アヤの想いにも敵わない。どうしたって横から割り込んだ邪魔者です」
「ロイシュさん、それは違う。アヤは…」
「うん、ミサキ。分かってるよ、ごめんちょっと自棄になってるだけだ」
目の前のミサキは、決して華やかで社交的なわけではないけど、芯があり美しい心を持った女性だ。
どんなに動じても、大事なことは絶対に見逃さないし伝えるべきことは誰にだってしっかり伝えられる人。
兄上がこの子に惹かれる理由もよく分かるほど、優しく強い。
アヤは、そんなミサキと比べると確かに脆い。
人間くさくて、自分のことにいっぱいいっぱいになりやすくて、傷つきやすい。
けれど、ミサキとはまた別の魅力を持っていることに本人はきっと気付いていないんだろう。
「アヤはさ、自分が手酷い目に遭ってるのに、ちゃんと理解できるんだよ自分に対する好意を。それがどんなに自分都合の理由で押しつけられたものでも、受け入れて感謝してくれる」
「ロイシュさん?」
「…ああいうタイプは俺みたいなの引き付けちゃうからね、気をつけた方が良いと思うよ。執着されて搾り取るだけ搾り取られるから、色々と」
「もう手遅れですよ、それ。しかも手貸したの誰ですか」
「あはは、本当その通りだね。どうして背中押しちゃったかな」
アヤの前では見栄張ってカッコつけてみたけど、所詮自分第一の俺は今も強く後悔している。
うまくやれば、もしかしたらアヤをこのまま一生独り占めできたかもしれないのに。
アヤの幸せを願う気持ちは本当だ。
あの子は俺を救ってくれた、ずっと母上の呪縛から逃げられなかった俺に縋ることで解放してくれた。
決して褒められた理由で手を貸したわけじゃない自分を恩人だと言って、感謝し続けてくれた。
依存してしまう俺を知っても引かずに真っ直ぐ受け入れてくれた。
マサヒロを排除して、自分だけがいる世界にだけ閉じ込めようと思ったことは1度や2度じゃない。
けれど、そうしてしまおうと思う度に気付かされた。
アヤにとっての、俺とマサヒロの違い。
どんな時だって、マサヒロのことになると体いっぱい使って反応するアヤ。
どんな歪んでいようと、どんなおかしな言動をとろうと、アヤはマサヒロを盲目的に思っていた。
周りから見れば異常と思われる程に。
マサヒロが関わると反応を示すアヤの心を見て、どうしたって踏み込めなかった。
お互い歪んでいる感情、けれどそれが正しいことに思えてしまうくらいに2人はピタリと嵌っている。
それを壊せるほどの覚悟や勇気はどうやら俺にはなかったらしい。
つまるところ、敵わなかったのだ2人の想いに。
「…正直、私もまだ迷ってるんですよ。これで良かったのか。はっきり言ってあの2人破滅の道に進んでる気もするし」
「まあ、一般的に言う正常ではないだろうね」
「そう、ですよね」
「けど、俺は良いと思うんだよこれで。世の中正解なんてないんだ、善悪なんて結局は多数派の人間が決めることであって、そこから漏れた俺達がそこから答えを見つけるなんて無理な話なんだよきっとね」
「そういうものですか?私は…」
「ミサキ、良いんだよ。理解できない方が普通だし、俺はそれで良いと思う」
ミサキもずっと悩んでいた。
普通とはかけ離れた位置に行ってしまった2人を理解しきれないこと、どう頑張っても救えないこと、それを彼女はずっと気にしていた。
彼女は世間的に言うなら、きっとヒロインの立ち位置にいる存在なんだろう。
絵物語のように華やかなわけではないけれど、芯の強さやその温かさはまさに唯一無二の尊さを持つと思う。
けれど、そんなミサキにだって救えないものは山のようにあるのだ。
歪んだ苦しみというのは、歪んだものにしか拾い出せないこともある。
そういう愛も世の中にはある。
全てが全て決められる世界じゃない。
だからこそ、人は苦しむし救われもするし幸せを見いだせるのだ。
どん底を味わって、兄上に拾われ、アヤに救われてやっとそう思うことができた。
何年も何年も長い時をかけて、何人にも拾い上げられて、時には捨てて、そんな気の遠くなるような道を歪みながらでも進んで初めてたどり着けた自分なりの答え。
アヤが幸せならそれで良いなどとは口が裂けても言えない。
けれど、後悔しながらでも「これで良かったんだ」と思える自分が確かにいる。
そう思わせてくれたアヤが笑ってくれるなら、それで俺も少しは踏ん切りがつくと思った。
「…けど、やっぱもう2発くらい殴っとけば良かったかな」
「……見かけによらず血の気多いですよね、本当」
そういって綺麗とは言い難い笑みをこぼした俺達。
「まあ、これは次アヤを泣かせた時にでも残しておくよ。残念ながら俺もしつこいからね、最低10年くらいは粘着しそうだし」
「じゅ、10ね…」
「言ったでしょう?俺は普通から漏れてるんだ。ここまでアヤに執着しちゃったら中々、ね。まあ、まずは兄貴分だけでももらっちゃおうかな」
「…私に見えないところでお願いします、もたないので」
「あはは、善処します」
この痛む心が明日に続くと良い。
こんな歪んだ俺にだって、手をさしのばしてくれる存在はまだいる。
アヤがいなくなってしまったわけでもない。
半ば無理やり作り出した笑顔が、いつか本物に変われば良い。
そう思いながら目を閉ざした。




